成歩堂サーチ




 直斗は『お茶目』にかなりのエネルギーを注いでいるが、横恋慕に生命を賭ける程の傾奇者ではない。
 写真は『奥さん・・・もう、我慢できません!』風の構図でも、単に成歩堂が資料室の梯子から足を滑らせたのを、直斗が受け止めただけの顛末。
 二段程とはいえ、直斗がいなければ背後のコンクリ壁に頭部を強打しかねない位置関係だったから、成歩堂にはいたく感謝された。
 言葉では、お礼なんていいよ〜と抜け目なく好青年振りをアピールした直斗も。
 抱き止めた後で何やかんや理由をつけ、トンガリの下の瑞々しい項をたっぷり拝んだり。印象より細い腰を両腕で測ってみたり。何もつけてないと本人は言うが、爽やかな晴れ渡った蒼空をイメージさせる匂いを目一杯吸い込んだりと、ちゃっかりラッキーな特典を楽しんだ。
 これは直斗だけの秘密・・・だった筈なのに。
 巌徒というアンラッキーは、忘れた頃にやってくる。
「どうせ、一部始終を見ているんですよね? なら、俺の潔白も証明されるんじゃないですか?」
 直斗も巌徒も。
 問題になっている資料室が『検事局』にあり、しかも直斗の記憶では、資料室内部に防犯カメラは設置されていなかった事など今更言及しない。
 直斗は、巌徒なら情報網を張り巡らせる事も情報を入手する事も、朝飯前だと理解しているし。
 巌徒の方は力を行使する事に何の疑念も持っていないから、二人の議題は、資料室での一件が偶発的な接触であるか否かにつきる。
 直斗自身はギルティであると自認していても、ここで、無罪を主張しなければ明日には利尻島か波照間島への異動辞令が下ってしまう。
『利尻島だったらアクセスも離島にしてはいいし、成歩堂くんは遊びに来てくれるかなー?』
 ちょっぴり及び腰になってしまう直斗。勝率は検事局で1・2位と群を抜いているが、今回の相手はあらゆる意味で対戦したくない巌徒だから、腹を括らざるを得ない。
「ボクは疑わしきも罰しちゃうよ? ・・・んん?」
 今しも直斗に引導を渡そうとしていた巌徒の雰囲気が、机の上にあった携帯よりやや大きめの機器を一瞥するなり、切り替わった。
「直斗ちゃん、キミ、もう帰ってイイよ。特別、お咎めなしにしてあげる。だから、サッサとお帰り」
 もう直斗に用はないとばかり、黒い革手袋に包まれた右手をひらひらと振って追い払いにかかる。
 ここで、助かったと一目散に局長室を辞するようでは、まだまだ甘い。
「え〜、もっとご尊顔を拝する光栄に浴させて下さいよ〜」
 これっぽっちも本心ではない台詞を吐いて、ヌケヌケと居座る。
 巌徒の様子からして、後しばらく凌げば。
 救世主、いや天使が現れるに違いない。
 直斗の動物的直感が実証されたのは、僅か30秒後。
 トントン。
「・・失礼、します」
 ノックから一拍おいて扉を開けたのは、まさしく巌徒が『ボクのエンジェル』とピンクのハートマーク付きで恥ずかしげもなく呼ぶ、年若い弁護士・成歩堂龍一であった。
「ナルホドちゃん。ノックなんて必要ないって、いつも言ってるデショ?」
「・・・・・うわぉ」
 前々から人間離れしているとは思っていたが、瞬間移動まで習得したとは。
 瞬きの間に、局長室の端から端まで一っ飛びし、扉から一歩中へ入っただけの成歩堂をぎゅうぎゅうと抱き締めて頬擦りしている巌徒を目撃して、明後日な事で感慨を抱く。
 巌徒のデレデレっぷりはもう日常茶飯事になりつつあるから、そちらは全く気にならない。
「あ、あの・・巌徒局長・・」
「敬称も省略しちゃいなよ。直斗ちゃんの事は、空気かハウスダストだと思えばイイし」
「いやいやいや、そんな失礼な事できません(汗)」
『いやいやいや、ホントにイイ子だねぇ・・』
 直斗は、巌徒と違って人間扱いしてくれる成歩堂にホロリと涙した。老体とはとても呼べない頑強な胸板から解放され、イソイソと手を取った巌徒にソファへと導かれる途次にも、ちゃんと挨拶を欠かさない。
「直斗さん、こんにちは。お仕事の邪魔、しちゃいましたか?」
「ちっとも! 成歩堂くんに会えて、すっごく嬉しいよ」
 窮地を救ってくれた事も含めて、心から歓迎する。
 成歩堂は、何時如何なる時も局長室への立ち入りが許された、唯一にして絶対である。以前その指示を受けていながら、巌徒と会談していた者の身分を慮って成歩堂を帰した秘書がいたが。発覚した一時間後には、警察局からいなくなっていた。それ以来、噂すら聞かない。
 尤も成歩堂がその特権を使う事は殆どなく、こうして巌徒のスケジュールを事前に聞かないで訪れる方が珍しい。
「最近、忙しいみたいだね。兄さんや荘龍が遊んでくれないって、淋しがってたよ?」
 何気に兄と友を売って保身に走る直斗だが、これ位の牽制はお互い様。
「仕事があるのは、ありがたい事ですから」
 若手実力bP弁護士との高い評判にも驕る事のない謙虚さが、また直斗の中での評価をアップさせる。が、成歩堂は、次に聞き捨てならない事を言った。
「恭介さん達、相変わらず冗談ばっかり言ってますね。ランチの時も、散々からかわれましたよ」
 また遊ばれちゃったんです〜、と苦笑する成歩堂だけが、他意はない。