「いや・・ギンが机に飛んできただけ・・なんですかね?」
「ヘッ・・おまえさんは、法廷の外だと一層ナマクラになるねェ」
本当に夕神へ尋ねてしまい、鼻で笑われる。
「いやいや、一層って酷くないですか?!」
反論しながらも、初めて遭遇したギンの奇妙な振る舞いを思い返し。説得力はなかったものの、たまたま探検したい気分だったのか単なる気まぐれかと判断した。
―――が。
おかしな行動は、その一回きりではなかったのである。
周りに成歩堂とギンしかいない―――もしくは、視線や意識が成歩堂達から離れている時に限り、ギンは羽根を広げて己の勇姿を披露しどこか甘さを含んだ音を響かせる。そして第三者が介入した途端、素知らぬ振り。
それが一週間も続き、成歩堂は結論を出した。曰く、ギンは遊んでいるのではないか、と。かなり知能が高い動物は遊びというスキルを持つそうだが、ギンならそのグループに入っている可能性がある。
成歩堂の反応を観察して、ちょっとした暇潰しに最適だと判断したのかもしれない。
チワワに見えない警察犬見習いミサイルにも、会う度舐め回され最後には腕や足にしがみつかれてカクカク腰を振られ。エールにはキスに留まらずプールへ引き込まれそうになるし。ライフルとマシンガンには、巣と勘違いされて服の中に潜られる成歩堂だ。
多分、動物にもからかわれる星の下に生まれたのだろう。
そう思うと目頭が熱くなるけれど、少なくとも敵意を抱かれるよりはマシ。そして敵視されていないのなら・・・改善の余地があるのでは?、とポジティブに考える。
「ギンに、食べ物をあげてもいいですか?」
成歩堂が次に取った行動は、飼い主の夕神にお伺いをたてる事。ネットで調べた飼育されている鷹の餌(流石に生肉は入手する勇気がなかったので、濡れたドッグフードのような半生タイプ)を夕神へ見せ、許可を待つ。
「構わねェが、食うかどうかはギンの気分次第だなァ。フられても、ガックリすんなよ」
夕神は隈の薄れてきた双眸を少し見開き、ぶっきら棒に、けれどわざわざ予防線を張った上で承諾してくれた。
心音やみぬきがギンに触りたくて餌での懐柔を試み、失敗したのを成歩堂も知っている筈だと言外で匂わせる夕神の思いやりに。成歩堂は顔を綻ばせながらも、敢えてギンの奇妙な振る舞いは黙っていた。
実際に危害を加えられた訳ではないので、夕神へ告げた事によってギンが怒られでもしたら・・とお人好しっぷりを発揮したのだ。
この判断が後々、とんでもない事態を招くとは全く想像もしないで。
「まぁ、いいんじゃないかな(どうでも)」
「ありがとうございますっ。『どうでも』って聞こえたような気がしましたけど、勿論気の所為ですよね?!」
「あっはっはっ。いやだなぁ、王泥喜くん。耳が聞こえにくくなるには、まだ早いよ」
「違うなら、いいんです。違うのなら。では、失礼します」
「・・・最近、打たれ強くなってきたな。誰の影響だろう」
一丁前に思わせぶりな台詞を残して所長室から出ていった王泥喜の背中を眺め、成歩堂はやれやれと首を振った。常日頃、弄られていれば耐性だって身に付くというもの。
原因が成歩堂なんでも事務所の面子(王泥喜除く)にあるとは全く自覚しない素振りで、処理中だった書類へ視線を戻し。
カシリ
「ん?」
硬いモノが机の天版にあたる、最近馴染みになった音が届いたので成歩堂はそっと顔を巡らす。
「ギン・・・いらっしゃい」
予感通り、ビックリする程近くにギンが来ており。成歩堂と視線が合うや否や、これまた慣れつつある羽根広げをしてきた。