どうやら、懐かれたらしい。
小首を傾げたくなる点が、多々あれど。それ以外、当て嵌まる言葉がなかった。
猛禽類でも頂点に君臨する鷹なんて、見たのは頑丈な檻越しに限定され。羽ばたきで生じる空気の動きまで知覚できる位に近寄れば、畏敬の念が自然と沸き上がる。
真ん丸の瞳には、知性が宿り。邪心なんて、鋭い嘴と爪で抉り取られそうだ。光沢を放つ羽根の先端までが、恐ろしいまでに綺麗で。まさに自然が創り上げた驚異だと思う。
動物好きな成歩堂はいつかは触ってみたいものだと、夕神と会う度、ギンをそれとなく眺めた。野生ではなく人に飼われているとはいえ、鷹は主人以外に心を開かないと知っていたから、半ば諦めつつ。
それが変化したのは、いつ頃だったか。
夕神が事務所へやってくると、ギンは応接室全体が見渡せる位置に備え付けられた止まり木へ(成歩堂製作)飛び移って、夕神の命令がない限り殆どの時間をそこで羽繕いしたり目を閉じて大人しく過ごす。
みぬきや心音が声を掛けようと、王泥喜がビビろうと、悲鳴混じりの賑やかな喧噪が繰り広げられようと、事務所内で起きている事には素知らぬ振り。
ところがある日、所長室で一人書類を処理していた成歩堂が風を感じて顔を上げたら―――机の上に、ギンがいたのだ。かつてない近さと出来事に、成歩堂は声も出せず硬直し。一人と一羽は、長い間見詰めあった。
そして―――。
バサァッッ!!
「うわっ」
いきなり、ギンはその雄々しくて優雅な双翼を広げた。ピンと伸ばしきった先端から先端までは軽く1mを越し、迫力たるや圧巻としか言いようがない。しかもギンは胸を張り、嘴を上向けて高く鋭く短く鳴き声を発した。
ピィィーッ!
「ひぃ!」
鷹の習性を知らない成歩堂には、威嚇しているとしか思えない行動。どうしてか殺気らしきものは全く感じなかったけれど、間近で羽根を全開にされ高い周波の音が鼓膜を叩けばチキン気味の成歩堂でなくても驚く筈。掠れた呼気を漏らし、成歩堂が二度固まる。
ビリジアンになりかけている成歩堂に構わず、ギンはバサリ、と書類を巻き上げんばかりの風圧を起こしながらまたしても翼を翻し。
ピ、ピィッ!
成歩堂へ焦点をしっかり合わせ、まるで呼び掛けるように澄み切った旋律を紡いだ。
「・・・・・?」
ここで少し、成歩堂の動揺が鎮まった。殺気がないのに加え、羽ばたきしても攻撃せず鳴き声だって法廷で聞いたのとはどこか様子が異なる。
威厳は残っているが、飼い主の夕神そっくりの、迂闊に触れたら大怪我をしそうな鋭利さは影を潜め。その分、ギンが羽根と声を使い己の存在を成歩堂へ向かって殊更強調しているような気がしてならない。
とはいえ言語体系が違うから、あくまで想像の範疇に止まり。成歩堂は疑問を抱えたまま、ただただギンと見合っていた。
「ギン、どうかしたのかァ?」
「え?!」
そこへ、ギンの鳴き声を聞きつけたのか夕神が現れ。再三、成歩堂の瞳が驚愕で見開かれた。何故なら夕神の気配が所長室に生じる寸前、ギンが突然羽根を折り畳んで成歩堂から視線を外してしまったのだ。
一秒もたたない間に、ギンは普段通りの寡黙で忠実で獰猛さを秘めた孤高の生き物に戻り。夕神を一瞥した後、すぃっと止まり木へと飛んでいった。
「成の字、何があったンだい?」
そう夕神に聞かれても、成歩堂こそが答えてもらいたい位で。ハテナマークを散らしつつ、首を捻る。