Reproductive behavior




 何回、見かけても。自然だけが織り成す事のできる美麗さに飽きる事はない。意識の大半を妙なる模様に持っていかれながら、前もって用意しておいた餌を取り出し、そっと嘴の方へ向ける。
「!」             
 その瞬間。おそらく、ギンは驚いたのではなかろうか。円らな瞳がもっと丸くなり。背中から尾羽根にかけてが、ぶわりと膨らみ。いつもより高い位置へ頭を擡げたのだ。
 そして、堂々とした所作で嘴を差し伸べ―――成歩堂の餌を、食べた。
「うわ・・感動するなぁ」
 勢いよく、それでいて気品すら覚える着実さで啄み、あっという間に平らげる。もう一つ差し出した餌も、同じで。無視される事も覚悟していた成歩堂は、『クララが立った』的な喜びで一杯になった。
 ギンの気まぐれでも、悪戯の一環でもよかった。賢くて気位の高い鷹は、少なくとも嫌いな者から餌を貰ったりしない筈。嬉しくて頬が緩むのを知覚する。
 だが、実際は『僅かに心を開いた』所の話ではなかった。
 バサリ、とギンが羽根を鳴らし宙へ浮かんだ後、降り立ったのは。机の上でも止まり木でも夕神の所でもなく、成歩堂の肩。見た目以上の重量感に驚かされたが、最たる驚愕はギンが夕神以外の人と触れ合った事実。
 布越しに食い込む、鋭い爪の感触と。ずっしりとした重みと。頬や首に届く熱が、殊更際立つ。
 スリ、と硬質ながらも滑らかな感触が、成歩堂の頬を擦る。近過ぎる余り見えないけれど、見えなくたって分かる。ギンが、顔をくっつけてくれているのだと。驚かせてこの時を台無しにしないよう、成歩堂は極力身動ぎしなかったものの。実の所、万歳三唱をしたい位だった。
 好意に好意で返してもらえる。それは当たり前のようでいて、実はとても難しい事。言葉の通じない動物相手では、意志の疎通が図れないのが普通なのだ。
 にもかかわらず、今のギンから感じ取れるのは警戒や威嚇や無関心と懸け離れた、温かいモノ。思わず伸びた手で頭や背中を撫でれば、クルル・・と喉を鳴らすような旋律が聞こえてくる。
 ピリピリと尖った響きは皆無だった為、ギン的にOKなのだろうと判断し艶やかで少し硬質な羽根をそっと撫でていれば、ギンは短く囀って成歩堂の視線を引いた後、殊更これ見よがしに首を擡げてみせた。
 これは触れって事か?と再び解釈した成歩堂は、指先で喉元を優しく擽ってやった。クル・クルルと、音というより振動が皮膚へ伝わってくる。それは猫がご機嫌な時に発するものと酷似していて、となれば気に入ってもらえたらしい。
「嬉しいよ、ギン」
 クルッ、クゥ
 頬を緩ませながら囁けば、心地良さげな音が返ってきた。




 そして、翌日。ギンと仲良くなれてテンションが上向いた成歩堂を余所に、事態は大きく動いた。
 バサリ―――フワッ
「ァあ?」
「えっ!?」
「ああっ、パパがっ!」
「な、成歩堂さんっっ!!」
 事務所を訪れた夕神の肩に乗っていたギンが、大きな羽根を広げて滑空し、いつもの定位置へ着地すると思いきや。滑らかに方向転換して降り立ったのは、成歩堂の肩だった。
 遊びに来てくれた、と成歩堂は顔を綻ばせたけれど。他の面子は多大なショックに見舞われていた。
 あの、ギンが。
 夕神以外は視界に映っていたとしても、道端の石程度の認識しかしないギンが。
 一直線に成歩堂の元へ飛んで行き。当たり前のように肩へ止まり。剰え、夕神相手でもお目にかかった事のない、とても親密で愛情たっぷりのオーラを醸し出しつつ、頭を成歩堂の頬へ擦り付けたのである。
 これを異変と言わずして何と評するのか。飼い主たる夕神に至っては普段のクールさがどこへやら、驚愕一色。それもその筈。夕神はギンを飼育する関係でギンの生態を熟知済みで、従ってギンの取った行動がどれ程『有り得ない』か承知していた。