『シロネギまほら』(G)5日目:衛宮士郎、東へ

 

 

 

 修学旅行の最終日。東へ向かう新幹線の中で、麻帆良女子中学校の面々は、旅の疲れや前日の夜更かしが祟って、全員眠りこけていた。

 超もまた目をつぶっているものの、その頭の中では入手した情報を元に思考中である。

 

 

 

 一昨日から昨日にかけて、関西呪術協会では大騒動が発生し、ネギや3−Aのクラスメイトが巻き込まれてしまった。

 さらわれたこのかは無事救出でき、召喚されたリョウメンスクナも撃破し、万事めでたしと行きたいところだったが、最後にひとつだけ問題が発生する。

 古菲から事情を聞かされたネギ達は、空を飛んで士郎の元へ急行した。

 別行動をしていた楓が追いついたのもこの時だ。

 石の槍はすでに消滅しており、流れ出る血を少しでも減らすべく、真名は自分の手で傷口を押さえているところだった。

 しかし、残念ながらネギは初歩の治癒魔法しか使えず、不死身であるエヴァは治療魔法が苦手である。

「……この人はウチを助けに来てくれたんやな?」

 青ざめながらも、このかは大切な事を尋ねた。

「それは微妙だな。……人助けをするのが目的だった節がある。相手が近衛でなくとも駆けつけただろう」

 士郎はそもそもこのかという人間の存在すら知らない。

 直接的な要因を追えば夕映の電話に辿り着くが、それを口にしてしまうと夕映が責任を感じるだろう。

 真名としても表現に気を使うしかなかった。

 しかし、彼女の気づかいはこのかにとって無意味だった。

「それでも、この人が大怪我したのは、ウチが原因のはずや。ウチが自分の力を使えれば、助けられるかも知れへんのに……」

 シネマ村で刹那が傷を負った時、このかの力によって完全に治癒した事例がある。

「それだっ! 仮契約には対象者の潜在能力を高める可能性があるんスよ! うまくいけば、この兄さんを助けられるかもしれねぇ!」

 カカカッ! 提案したオコジョ妖精が、一瞬にして仮契約用の魔法陣を描きあげた。

「さあ、アニキ、ブチューッと一発……」

 そこへエヴァから待ったがかかる。

「いや、するならこいつの方がいいだろう」

「……へ?」

「こいつを助けるのが目的なのだから、そうした方が確率も上がるはずだ」

「でも、この兄さんは魔法使いなんで?」

「そうだ」

 カモの質問にエヴァが頷く。

『そうなの!?』

 士郎の事を知っている人間も知らない人間も一様に驚いた。

 時間の猶予もないため、士郎とこのかの仮契約はすぐに行われた。

 このかの潜在能力は想像以上だった。一時的に拡大された彼女の魔力は、士郎の治療だけにとどまらず、呪術協会本山で大量に石化していた人間まで回復させてしまった。

 こうして、一夜を越えた彼等は、本山で一眠りしてからホテルへ戻ったのだ。

 

 

 

 この日、超達2班は途中参加の士郎・エヴァ・茶々丸のため、初日に回った観光地巡りを行った。エヴァと茶々丸はネギと合流する予定を組んでいたため、午後からは別行動だ。

 結局、超が真名から詳しい情報を聞き出せたのは、ホテルに戻ってからの事となる。

「ムムム。ちょっとまずい事態になったようネ」

「どういうことだ?」

「話を聞くと、衛宮サンは近衛サンに命を救われた形になるネ。衛宮サンはきっと利害では縛れない。命の恩人という立場は衛宮サンに強い影響を及ぼすに違いないヨ」

「彼の事がそんなに気になるのか?」

「もちろんネ。衛宮さんの戦いぶりはどうだたカ?」

「剣技は刹那より劣るが、見切りもいいし、思い切りもいい。敵の攻撃に足を竦ませるということはなかったな。実力以上に実戦経験が豊富なんだろう。敵を蹴散らすような突破力はないが、守戦に強いと感じたよ」

 自身も戦いの渦中にありながら、彼女は士郎の戦いぶりをほぼ正確に把握していた。

「彼の魔法やアーティファクトはどうだた?」

「私が見たのは爆弾として使用した双剣だけだ。古の話によると、同じように爆発させる矢と、魔法を消滅させる短剣もあるそうだ。他には40本ばかり剣を飛ばしたらしい」

「40本、……だけカナ?」

 超の言い回しに、真名が質問を返す。

「どういう事だ? 40本では少ないと言うのか?」

「その通りネ」

「いったい、どのぐらいのアーティファクトを持っていると考えているんだ?」

「たくさんだと思うヨ」

 アバウトな返答に真名が苦笑を浮かべる。

「私からも一つ質問がある。答えられないならそう言ってくれ」

 真名がなぜか深刻そうな表情を浮かべた。

「聞いてみない事には答えようがないネ」

「彼は人間なのか?」

 超が珍しくぽかんとした表情を浮かべた。発したのが滅多に冗談を口にしない真名だからなおさらだ。

「……それは意外な質問ネ。私は人間だと思てるヨ。龍宮サンの瞳には人間として映らなかたカナ?」

 真名の目が特別製だからこそ、その質問が出たのかと問いかける。

「いや、普通の人間にしか見えなかったよ。ただ、衛宮さんが重傷を負った時に、傷口の中に剣が埋まっているように見えたものでね」

 内臓や筋肉が見えているはずのそこに、なぜか、刃が埋めこまれていたのだ。

 肉に埋もれ、血を絡ませた、何本かの剣。何かの呪いとしか思えない禍々しいもの。

 その言葉を聞いて、超が納得したかのように頷いた。

「龍宮サンが不審に思ったのも理解できるヨ。でも、彼は間違いなく人間のハズ」

「では、あれはなんだったんだ?」

「“he is the bone of his sword”――ネ」

 超が呪文のようにそらんじてみせる。

「“彼の体は剣で出来ている”? なんの冗談なんだ?」

「冗談でも比喩でもなく、そのままの意味ネ。だからこそ、衛宮サンは折れずに、戦い続ける」

 どうやら真相を話す気はないらしいと考えて、真名が話題を変えた。

「お前が気にしているのは、学園祭の件だろう? 彼を無力化する事は簡単にできそうだと思うがね」

 おそらく士郎は合理的な――つまり、卑怯な手段を嫌う手合いだ。それならば対処はし易いと真名は考えた。

 しかし、超は違うらしい。

「今回の事件で衛宮サンの事は良く分かったヨ。敵に回すと非常に厄介ネ」

 修学旅行へ士郎を誘ったのは、彼の事を知るのが目的だった。その能力とその人柄について。

 見知らぬ人間を助けに出向いた士郎は、死ぬほどの傷を負いながら、誰かを責めたりはしなかったという。

 間違いなく、彼は『正義の味方』だった。

 ただし、超が知るエミヤシロウならば、そのような傷を負ったりしないと思っていたのだが……。

 誤算と言えばそれが誤算である。

「第三者でいてくれるのが望ましかったのに、近衛サン――いや、ネギ坊主側に衛宮サンを取られる可能性が出てきたネ」

 

 

 

 士郎が取った指定席は一つ後ろの車両だった。

 通路を歩いて来た少女が、空いていた士郎の隣の席に腰を下ろす。

「……超? どうしたんだ?」

「前から衛宮サンに聞きたかたことがあるヨ」

「なんだ?」

 真剣な表情を浮かべて、超が質問を口にする。

「衛宮サンは『ドラえもん』をどう思うカナ?」

「……は?」

 士郎が戸惑うのも無理はない。改まって尋ねるような話題とは思えなかった。

「『ドラえもん』を知らないカ?」

「いや、それは知ってる」

 国民的な作品だ。日本人なら子供の頃に誰もがテレビで見ているだろう。

「どうって言われても、……面白いと思うぞ。藤ねえ――姉代わりに見せられた昔の映画も面白かったし」

「のび太が困っている時に、ドラえもんがひみつ道具でいつでも助けるというのは、甘やかしすぎではないカナ?」

「あれはギャグマンガだから、あれでいいと思うけどな。調子にのったのび太が酷い目にあうのもお約束だろ」

 教育論を持ち出す人間もいるが、あまり意味があるようには思えない。しょせんはフィクションであり、娯楽作品なのだ。

「もしも、衛宮さんがドラえもんだったら、いろんな道具を無条件で与えるカナ?」

「俺が? どうだろうな」

 条件を自分に当てはめて考えてみる。

 士郎自身も投影によって剣を創り出せるわけだから、仮定としてあり得るだろう。つい先日も、茶々丸に渡してしまった。

「それは状況次第だな。ドラえもんの道具の中には、誰かの幸運を奪い取るとか、不運を誰かに押しつけるようなのがあったはずだ。ああいうのはちょっと貸せないと思う。命に関わる場面だったら、どんな道具だって貸すかもしれない」

 子供同士がするような仮定の話だったが、士郎は真剣な回答を口にしていた。

「重視するのは命だけカナ?」

「そうは言わない。だけど、誇りとか信念となると、他人にはわかりづらいしな。結局は、自分が納得できる理由だったら……ってとこかな?」

 ふむふむ。と頷きながら、超が次の質問を口にする。

「では、衛宮サンが孫のセワシ君だった場合はどうするカナ? のび太を救うためにドラえもんを過去へ送るというのは?」

「それで幸せになれるならいいんじゃないか? みんなそう言うだろ?」

 考えようともせず、士郎は一般論を口にした。

「私が聞きたいのは、みんなではなく衛宮さんの答えネ。ゼヒ、真剣に考えて欲しいヨ」

「うーん。先祖にねぇ」

 過去への介入など想像したこともなかったので、改めて検討してみる。

 過去へ干渉するというのは、士郎が思いつかない発想なのだ。

 士郎にだって、消したい記憶や望まぬ失敗が幾つもあった。それが無かったらと考えた事もあるが、もしもそれを本当に改変できるとしたら、自分はそれを望むのだろうか?

「それは、凄く失礼な事じゃないか?」

「失礼?」

「俺なら、……いや、この場合はのび太かな。は自分の意志で自分の人生を全うしたんだろ? 他人からみて不幸に見えるような人生だって、それはのび太にとって大切なものじゃないのか? それは誰かの意志で、ねじ曲げてしまっていいものじゃない。その時のその思いは尊重するべきだと思うんだ」

「そうする事で幸せになれるとわかっていても?」

「幸せの基準も人によって違ってくるだろ。それに、幸せになる事ってそんなに重要なのか?」

「それはそうネ。私だったら、幸せになりたいヨ」

「俺なら幸せになるよりも、誇りや理想を大切にしたい。節を曲げて幸せになるよりずっといい」

「そういう生き方は苦労するヨ」

「そうだろうな。覚悟してる」

 士郎にとってはいまさらだ。彼の生き方は何年も前に定められている。

「では、ひみつ道具の独占についてはどう考えるカナ?」

「独占って言うのは?」

「つまり、のび太だけ、あるいは、のび太の友人達だけが優遇されているとは思わないカ? 相対的な問題とは言え、もう少し社会に還元してもらいたいネ」

「それは同感だな」

 士郎にもだいたいわかってきた。

 超は『ドラえもん』を話題にしているが、彼女の真意は別にあるのだ。

 作品そのものではなく、作品に似た事情や状況について、士郎がどのように判断するのかを尋ねている。

「強力な力は危険だろうし、全てを公表するわけにはいかないと思う。だけど、害の少ない道具ぐらいは貸してやりたい。幸せになれる人間は多い方がいいもんな」

「その理屈ならよくわかるヨ。私が科学の信奉者なのは、皆を幸せにしたいからネ」

「超なら科学を間違った事には使わないだろうしな」

 

 

 

 新幹線が東京駅へ到着すると、3−Aの車両ではちょっとした騒ぎがもちあがる。

「誰か見ていないんですの!?」「電車には乗ってたアル」「それは確かでござるよ」「私が目を覚ました時はいませんでした」「早いうちに出てったよ。私はトイレだと思ったけどね」「正確には乗車してから17分41秒後です」「横浜で下りたんですかねー?」「フン」

 一人のクラスメイトが姿を消していたのだ。慌てる委員長に尋ねられて、2班のメンバーや途中参加者達が口々に答える。

「あわわわわ。車内を探してきますっ!」

 慌てたネギ達が当人を見つけたのは、一つ後ろの車両であった。

 超鈴音は他の席に座り、隣で眠る士郎の肩に頭を預けて、眠りこけていたのだ。

 超本人が誤解されやすい弁解をしたことで、3−A内では二人が恋人同士だと囃し立てられる事になる。

「いやー、まいったネ」

 まんざらでもなさそうな超の態度。

 それが、士郎を味方に引き入れるための深慮遠謀だったと彼が知るのは、もっと先の事となる。

 

 

 

おわり

第2部へ

 

 

 
あとがき:これからの展開に想像の余地がある状態で終わる方が望ましいと思います。そんなわけで、好きな様に進めた番外編も、作者の趣味的に終了。次回からは第2部開始となります。
追記:“he is the bone of his sword”は翻訳上の問題があるらしいのですが、私はこの会話を気に入っており、士郎本人が間違っていて修正も効かないため、『Fate』も『ネギま』も英語の文法が違う世界という前提でお願いします。(2009-12-18)


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