『ひぐらしのなく逆転』(4)罪と罰
証言開始 〜雛見沢症候群の秘密〜
「雛見沢症候群の感染者は大きく分けて二種類存在するわ。ほとんどの人間が一般感染者だけど、その群を統括するリーダーのような形で、ただひとりだけ女王感染者というものが存在するの。
雛見沢村には村から出るな・村に入れるなという掟があるけど、症候群への対策としては不完全ね。村という土地ではなく、村に存在する女王感染者から離れることが症状の悪化を招く原因なのよ。
一般感染者は本能的に、女王感染者を見分けるわ。彼等にとって女王感染者は必要不可欠な存在なのよ」
「たとえば、その女王感染者が一人で旅行したりするとどうなるんですか?」
成歩堂が尋ねたのは素朴な疑問からだった。
「そうね……、残された村人たちは、安否を気づかって不安に苛まれるでしょうね。始めから旅行期間が短いと知っていれば、症状の悪化は限定的なもので済むはずよ」
「では、もしも死んだりした場合は?」
「一般感染者はその事実を受け入れることができないわ。48時間以内にすべての一般感染者が末期発症を起こすことになるはずよ」
尋問開始 〜雛見沢症候群の秘密〜
ビシッ! 冥が鞭を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい。女王感染者一人が死んだだけで暴動でも起きるというの?」
「そうよ。かなりの確率で殺し合いになるでしょうね」
揶揄したつもりの質問に、鷹野は恐ろしい推測を平然と返した。
「な……」
さすがの冥も絶句するしかない。
「その女王感染者が誰かは分かっていたんですか?」
成歩堂の疑問を受けて、鷹野はレナへと視線を向けた。
「それはレナちゃんの方がよく知っているはずよ。村中から可愛がられていた人間に心当たりはない?」
「まさか……梨花ちゃんの事ですか?」
「ええ。オヤシロ様の生まれ変わりと言われて、梨花ちゃんはとても大事にされていたでしょう。それは彼女こそが女王感染者だったからなの。古手家の女性が代々受け継いできたらしいわ」
「待ってください! その梨花ちゃんは6月25日に死んでいます。ですが、そんな事件は起きていない!」
成歩堂の指摘に、鷹野が薄く微笑んで答えた。
「大事な事を忘れているわ。6月27日に発生した雛見沢大災害で住人全てが死んでいるのよ」
「そういえば……」
鷹野の指摘通り、大災害が発生したために梨花の死後から48時間経過した結果は出ていないのだ。
裁判長が首を振って思いめぐらせる。
「ふーむ……。証人の主張が事実だとすれば、大災害がそのタイミングで発生したというのは、不幸中の幸いと言うべきなのでしょうか。亡くなられた方にはお気の毒ですが」
「それを言うなら、あまりに都合が良すぎたと言うべきね」
「どういう意味ですかな?」
「私達は『東京』という組織に属していて、軍事利用を目的として雛見沢症候群の研究を行っていたわ。さっきの野村もその組織の人間よ」
突然変えられた話題に、成歩堂が首を傾げた。
「鷹野さんは何について話したいんですか?」
「私達は雛見沢症候群の危険性を充分に理解していた。だから、梨花ちゃんの身の安全の確保も、私達の仕事の一つだったの。その私達が女王感染者死亡時への対策を全くしていないと思うの?」
「しかし、対策といっても何ができるんですか? 梨花ちゃんの影武者を準備するとか?」
「姿形が似ていればいいというものじゃないのよ。肝心なのは感染されている宿主ではなく、感染している本体のほうなんだもの」
「では、どんな方法があるんです?」
「暴動にでもなれば、近隣の村にまで被害が拡大することになるのよ。それならば、村ひとつを犠牲にすることで、平和的に解決できるなら安いものでしょう」
「……ですが、村が壊滅したのは、火山性ガスによる自然災害ですよ」
「簡単なことよ。村人を処分した後で、ガス災害だと偽装すればいいんだもの」
「え……?」
あっさりとした鷹野の答えに、成歩堂は理解が追いつかなかった。
「雛見沢大災害は偽装だと言うんですか? そのう、……女王感染者の死亡で発生する暴動を回避するための?」
「そういうことね」
「………………」
この時、法廷内はざわめき一つ起きない、完全なる静寂状態にあった。
ごくりと、誰かが生唾を呑み込む音が響く。
「ま、待ってください。あなたは雛見沢大災害は、村人全員を皆殺しにするための偽装工作だったと言うんですか!?」
あまりの事に、成歩堂の質問は悲鳴のようだった。
「そう言ってるのよ」
最初は戸惑いながら、だが傍聴人の会話は次第に大きくなる。騒ぎに負けじと誰もが大きな声を張り上げ、法廷内を喧噪が満たしていた。
狂騒にかられる周囲に同調せず、冥ひとりが冷たい視線を成歩堂へと向けていた。
「踊るバカに見るバカ、同じバカでも静かなバカの方がまだマシよ。でも担ぎ出したバカの罪が一番重いわ、成歩堂龍一!」
ビシッ! 冥が鞭を鳴らした。
「あなたは法廷をなんだと思っているの! そんな与太話で、裁判に勝てるはずがないでしょう! 侮辱罪で告訴するわよ!」
「ぼくが言い出したわけじゃない。これは鷹野さんの証言です」
「ふん。その怪しい証人を連れてきたのはあなたでしょう。なんの証拠もない、出任せばかりじゃないの!」
さすがの裁判長も事態を放置できないようだ。
「弁護人。狩魔検事の言葉はもっともです。せめて、証人の言葉を裏付ける証拠はないのですかな?」
「証拠はあります! 最初に言った通り、届くのが遅れているだけなんです!」
「時間を稼ごうとしても、そうはさせないわ。検察は鷹野三四の証言が、被告人を弁護するためのねつ造だと判断するわ。さあ、判決を下しなさい、裁判長!」
狩魔が強い語調で裁判長に命じる。
その時だった。
「待った!」
バン! 勢いよく扉を開け放ち、一人の男が法廷に姿を現した。それは成歩堂にとって大切な友人の一人だった。
冥が驚きに目を見開く。
「御剣怜侍!? なぜ、あなたがここへ!」
「この事件に関する重要な証拠品を届けるためだ」
「あなたは検事のくせに、弁護士の肩を持つつもりなの!」
冥の難詰を受けても、御剣は涼しい表情を崩したりしない。
「つまらぬことを。言ったはずだ。検事の仕事とは有罪を立証することではない。法廷で真相を明らかにする事だ」
御剣は裁判長に向けて事情を説明した。
「先日、ある駅のホームで人身事故が発生し、一人の女性が礫死体となった。鷹野三四はそれが自分であり、誰かに突き落とされたのだと証言した。私が担当しているのはこちらの事件だ」
「イトノコ刑事が持ってくるんじゃなかったのか?」
「あの男に証拠品を預けるのは危険だからな。私が自分で持参した」
以前にもイトノコ刑事の到着を待っていて、非常に切羽詰まった状況に追い込まれた経験のある成歩堂はその言い分に納得できてしまった。
御剣はカバンから二冊の資料を取り出した。
「これに間違いはないか?」
御剣の確認に鷹野が頷いてみせる。
「ええ。スクラップ帳には祖父の残した研究の全てが記されているわ。もうひとつは、『東京』で作成した非常事態用のマニュアルよ」
「鷹野三四は死ぬ前に、この証拠品を別な駅のロッカーに隠していた。鍵はどこかの神社に埋めてあるらしいが、時間がないので駅と交渉して直接押収してきた。非常に重要な証拠品のため、ぜひ検証してもらいたい」
「助かったよ御剣。それと、審議中に鷹野さんを殺そうとした人間を取り押さえた。係員室にいるから取り調べを頼む」
「わかった」
御剣はそれ以上なにも言わず、証拠品を手渡して法廷を後にした。
「狩魔検事。ご指摘のあった証拠品です。確認してもらいましょうか」
「くっ……」
悔しげに表情を歪ませながら、それでも冥は証拠品に目を通した。
「そこにも書いてあるわ。女王感染者である梨花ちゃんが死ぬことは、雛見沢村にとって一番の災厄なのよ。まさかその彼女が殺されるなんて思いもしなかったわ」
古手梨花の生死が、雛見沢村の全村民の命を握っていた。
鷹野の言葉は真実のはずなのに――。
「嘘だっ!」
弾劾するような声が法廷に響き渡った。
裁判長が、狩魔検事が、成歩堂弁護士が、驚きの視線を声の主へと向ける。
被告人席で勢い良く立ち上がった少女が、刺すような視線を鷹野に向けていた。
「理由は分かりませんけど、あなたは嘘をついてます!」
なんの迷いもなくレナが断言した。
「嘘ですって? レナちゃん……、何を根拠に言っているのかしら?」
「根拠なんてありません。でも、私には分かるんです!」
彼女の直感か洞察力が、隠された何かを察したらしい。
(……レナさんは今の言葉のどこに嘘を感じたんだ?)
レナの真意を掴めないまま、成歩堂はさぐりを入れてみる。
「あなたは梨花ちゃんの死についてなにかご存知ありませんか?」
「私が知っているのは、彼女の死が持つ意味と、その後に引き起こされる事態ね。私は19日には雛見沢村から姿を消していたんだもの」
「では、あのような形で彼女が殺されたのはどうしてだと思いますか? あなたの推測で構いません」
「心当たりならあるわ」
「なんですって!?」
「オヤシロ様の綿流しよ」
「……スミマセン。言っている意味がよく……」
成歩堂だけでなく、法廷にいる誰もが理解できなかったはずだ。
「綿流しの祭は遠い昔から続く風習なの。今でこそ布団の供養として綿を掻き出しているけど、本来の行為はもっと別なものよ。鬼達が餌となる人間を捕らえて、器具を使って内臓を掻き出すの。その内臓を川に流したのがお祭りの起源らしいわ。魚の臓物なんかをワタっていうでしょう? だからこそ、この祭は綿流しと呼ばれているのよ。……くすくす」
そうして語る事がよっぽど嬉しいのか、彼女は笑みさえ浮かべていた。自らの言葉に陶酔しているかのようだった。
「お腹を裂かれるなんて、オヤシロ様の巫女である梨花ちゃんに、ふさわしい死に方だと思わない?」
彼女が口にした内容の凄惨さが法廷に沈黙を強いた。
成歩堂はなんとか自制して、声が震えそうになるのを押さえ込む。
「それが、理由だと?」
「だって、それ以外に内臓を掻き出す必要なんてないでしょう? あなたには説明できるのかしら?」
「あなたがそう言うのなら、それが理由なんでしょう」
「犯人には犯人なりの理由があったんじゃないかしら? これは私の個人的な見解にすぎないわ」
「異議あり!」
「異議……ですって? どういうつもりかしら?」
「これを見てください」
「これがどうしたというの? 私は間違ったことを言ったかしら?」
「いいえ。あなたは正しい事しか口にしていません。だからおかしいんです。あなたは先ほど、こう証言しました梨花ちゃんが『お腹を裂かれていた』と」
バン! 成歩堂が両掌で机を叩く。
「その事をどうしてあなたが知っていたんですか?」
「……え?」
「6月20日以降、あなたは雛見沢村へ戻っていないと証言しました。雛見沢症候群を恐れて逃げ出したというなら、梨花ちゃんの遺体を偶然見かけることなどありえない!」
「たまたま……ニュースで見たのよ」
鷹野の答えを、成歩堂が首を振って否定する。
証拠品「綿流し祭怪死事件捜査記録2」
証拠品「雛見沢大災害の記事」
「梨花ちゃんの事件は秘匿指定がかけられており、事件の詳細は記事に載せられていません。それに、雛見沢大災害の被害規模が大きかったこともあって、籠城事件ですらほとんど報道されていないんです!」
成歩堂が人差し指を突きつけた。
「導き出される答えは一つ。あなた自身が殺害現場に居合わせたんだ!」
「く……」
言葉に詰まる鷹野を見て、レナが唇を振るわせた。
「本当……なんですか? あなたが梨花ちゃんを殺したんですか? それも、村の人間全てが殺されてしまう事を知っていたのに!?」
レナは籠城事件の被告人として拘束されている。ちょっと間違えば、あの事件で人質のクラスメイト全員を殺してしまっただろう。だが、それを後悔しているからこそ、こうして裁きの場に立っている。
それなのに、目の前の人物はその全てを無惨に踏みにじったのだ。
「あなたという人はっ! この人でなし!」
激昂したレナの様子を見て、逆に鷹野は落ち着きを取り戻したようだ。
「ええ……、そうよ。私が殺したわ。滅菌作戦を発動させるためにね」
冷静さを欠いたレナを制して、成歩堂が尋ねた。
「どうしてそんな事をしたんですか? あなたもあの村で暮らしていたんでしょう!?」
「『東京』の方針転換で、入江機関の閉鎖が決まったからよ。雛見沢症候群の研究価値も理解できない政治家どのも利権争いのせいで」
「それと……どんな関係があるんです? 村人を犠牲にする理由にはなっていませんよ」
「雛見沢症候群は祖父が半生を費やして研究したものよ。『鷹野三四』が生まれた理由も存在する意義も、全てはその研究を引き継ぐため。偉大な研究を通じて、私達の名を後世に残したかったからよ。それを踏みにじった『東京』に仕返しするためなら、村人全員の命なんて惜しくもないわ」
成歩堂が眉をひそめる。
「……それが理由なんですか!? 2000人もの命を奪ったのは、復讐を果たすための生け贄に過ぎなかったんですか!?」
「そう言っているでしょ? 最後の最後で、政治家達は祖父の研究を信じた。滅菌作戦が実行されたのがその証拠よ。無価値だと切り捨てた祖父の研究を、ようやく彼等は認めたわ。自分たちの手を血に染めてね」
それが、大災害を引き起こした理由だった。そして、もう一つの望みを果たすべく鷹野は証言台に立っている。
「雛見沢症候群について私はいくらでも証言するわよ。私も祖父もすでに死んでしまったけど、この裁判を通じて私達の研究成果は記録に残る。今の時代に生きた人間が全て死んだとしても、私達の名は歴史の中で生き続ける。それこそが、人の生を越えて神になるということなのよ」
鷹野が浮かべたのは穏やかな笑みだった。事を成し遂げた達成感で、彼女の心は歓びに満たされていた。
レナが唇を噛む。そんなことのために、そんなことのために仲間達は死ななければならなかったのか。鷹野三四個人を満足させるためだけに――。
「私は……あなたを許さない!」
歯を食いしばり、爪が掌に食い込むほどに握り締める。
レナの眼光には憤怒の炎が燃えさかっていた。
「あら、そうなの? それならあなたの好きすればいいわ。私はまったく構わないもの」
レナの怒りの決意を、鷹野は軽く受け流してしまった。
鷹野はレナの許しなど必要としていないからだ。誰にどれだけ憎まれようと、自分の望みはすでに達せられた。それを覆す事は誰にもできない。
「私を殺したい? いいわよ、殺されてあげる。死んだはずのわたしが、こうして裁判で証言できたのはあなたのおかげだものね。これでも感謝しているのよ」
鷹野の言葉に迷いは感じられなかった。彼女にとって、全ては終わった事なのだ。
この場で鷹野が殺されれば、その時は霊媒をしている真宵まで死ぬ事になる。しかし、この時の鷹野にそんな計算は全くなかった。今の言葉は紛れもない本心からなのだ。
激情に駆られて鷹野をこの場で殺したとしても、彼女は絶対に後悔などしない。その事を、レナは感じ取っていた。
彼女に反撃する方法は、おそらくたった一つだけだ。
「私が証明してみせます。その研究が間違いであったことを」
「面白いことを言うわね。あなたのような小娘に何ができるのかしら? 何の知識も、何の後ろ盾もないあなたに」
鷹野は高野一二三が個人研究に行き詰まったところを目の当たりにした。彼女は骨身に染みて知っているのだ。個人の才能だけでは辿り着けない頂がある事を。
祖父に欠けた部分を補うため、彼女は惜しみない努力を費やしている。必要な知識を得るために研究者への道を進み、交友範囲を広げることで組織の力を得た。
だからこそ、彼女は見誤った。竜宮レナという個人がどれだけの力を秘めているか。何かを決意した時の、彼女の知恵と行動力を見くびってしまったのだ。
「たしかに、私は学生にすぎません。大切な友人も肉親も失いました。犯罪を犯して判決を待つ身です。それでも……、それでもっ!」
悔しかった。自分は哀しいほどに非力だった。
鷹野の指摘は正しい。自分は無力なだけでなく、籠城事件と大災害によって多くのものを失ってしまった。仲間を亡くし、行動の自由を奪われ、裁判の結果によっては未来さえも。
(私にはこの命しか残っていない。……いいえ。発想を逆転させるの、竜宮レナ!)
成歩堂の言葉を思い返して、レナはなんとか自分を奮い立たせようとする。
(生きているからこそ、鷹野さんと戦える! 私はきっとそのために生き残っ……た?)
レナはそれに気がついた。完成させようとしたジグソーパズルには、始めからすべてのピースが揃っていたのだ。
自分が生き残ったという事実こそが、レナにとって唯一の、そして最強の切り札だった。
「鷹野さん! あなたは自覚していないんですか? すでに大きな間違いを犯している事に!」
その発言を聞いた時、鷹野の心にようやくレナへの警戒心が湧き上がる。しかし、それはすでに手遅れだった。
「何が……間違いだというの?」
「その証拠はこれです!」
それは高野一二三の死に際して、鷹野に残された唯一の品だった。
「このノートに間違いなんてないわ!」
その声は悲鳴のようだった。
「『女王感染者の死亡後、48時間で一般感染者の全てが末期発症に至る』これが真実だと言うつもりなんですか?」
質問の意図に気づき、鷹野は明らかに動揺した。
「そんな……、嘘……よ」
「女王感染者である梨花ちゃんが死亡して、すでに一週間が過ぎています。その説が正しいというなら、私がこうして無事でいることなどありえない!」
「ち、違うわ! ……そうよ。きっとあなたは感染していなかったのよ」
「あなた自身が証言しています。村人全員が感染していたと。私が茨城で起こした事件も、発症によるものだと。雛見沢症候群に一番詳しいのはあなたのはずです!」
形勢が逆転した。反論できずに唇を噛むのは鷹野の方だ。
「つまり、『女王感染者の死亡により一般感染者が末期発症する』という説は間違っていたんです。それなのに、その妄言に踊らされた何者かは、村人全員を皆殺しにしてしまった! 高野一二三という人間の妄想を信じたばかりに!」
鷹野にとって自分を救ってくれた祖父はなによりも大切な存在だった。彼が亡くなった今、残された研究を評価してもらうことだけが、鷹野の望みなのだ。それを否定されることだけは耐えられない。
「違うわ! 妄想なんかじゃない。だって、ちゃんと書いてあるもの……」
顔色を蒼白にした鷹野は、すでに的確な反論をするだけの冷静さを失っている。
だが、レナは容赦しない。
世の中には、優しくしてはいけない『敵』がいる事を、彼女はすでに学んでいた。目の前にいる鷹野は、自分の大切なものを全て奪った、まさしく『敵』なのだ!
レナは人差し指を突きつけた。
「あなたの望んだ通り、鷹野三四と高野一二三の名は永遠に語り継がれるでしょう。雛見沢症候群に関する致命的な間違いを犯し、雛見沢村を滅ぼした大量殺人者として!」
間違った仮説により大勢の人間を死なせた研究者の名は、侮蔑や嘲笑とともに歴史へ刻まれることだろう。忘れてもらうことすら許されず、その罪は永遠に語り継がれる。当初の予定どおり、研究成果を闇に葬られた方がまだマシだった。
鷹野三四の誇りも、願いも、存在理由も、竜宮レナは完膚無きまでに打ち砕いた。それは鷹野の魂に突きつけられた死刑宣告でもあった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
鷹野は絶叫していた。
魂の奥底から絞り出された苦悶の声だった。聞いた者全てが、発した者の苦しみをつきつけられた。
多くの人間の命を奪った鷹野は、願いを叶えるどころか最悪の結果を招いて、この世を去る。おそらくは、身を焼くほどの後悔と共に。
気がつくと、証言台に残っているのは一人の少女だった。
どさりと、その身体が力無くくずおれた。
「真宵ちゃん!」
成歩堂が証言台に駆け寄っていた。