『ひぐらしのなく逆転』(5)判決の時

 

 

 

「証人の様子はどうですかな?」

「真宵ちゃんは医務室で寝かせています。怪我をしている訳ではないので、すぐに目を覚ますでしょう」

「それはよかった」

 うむ、と裁判長が頷く。

「これで弁護側の証言はすべて終わったのかしら、成歩堂龍一?」

「ええ。証人は鷹野三四で終わりです」

 冥は机の上に両肘をのせると、余裕の表情で人差し指を振って見せた。

「つまり、あなたは雛見沢症候群の立証に失敗したということね」

(な、何を言い出すつもりだ……?)

 成歩堂がたらりと冷や汗を流す。

「確かに鷹野三四の証言は衝撃的な内容だったわ。宇宙人説のスクラップ帖と同じくらいね」

「まさか、狩魔検事は……」

「雛見沢症候群などというものは鷹野三四の証言にしか存在しない。今となってはその証人すらいないのよ。さらに提出された証拠だって、彼女が持っていたもの。信頼性に欠けるわね」

「それは雛見沢村を調べれば明らかになるはずです!」

「雛見沢村は大災害のために封鎖されているのよ。調査などできるはずがないでしょう。無理な主張をして時間を引き延ばそうとしても無駄よ」

「異議あり!」

 
証拠品「雛見沢大災害の記事」

 

「ここに書かれている通り、遺体の搬出はできています。本当にガスが充満していたとしても、対策を行えば出入りする事は可能なはずです」

「そうね。確かに立ち入り調査はできるかもしれない。だけど、それがどうしたというの?」

 冥が呆れたように首を振ってみせる。

 
証拠品「34号文書」

 

「良く読みなさい。もしこれが事実だとしても、感染していた住民が皆殺しにされて、関連資料は全て処分されている。つまり証拠品なんて残っていないのよ!」

「異議あり! もう一度、読み返してください。地下施設の資料は注水によって全滅したかもしれない。だからといって地下施設そのものが消えてなくなるわけではない!」

「……ああああっ!?」

 冥が自らの体を抱きしめるようにして、身をよじった。

 バン! 成歩堂が両手で机を叩く。

「地下施設が存在するなら、このマニュアルもまた真実だったことになる! それはつまり、雛見沢症候群が実在し、極秘裏に研究がなされ、全てを消し去るための隠蔽工作が実施された証拠だ!」

 きっ、と視線を上へ向ける。

「裁判長! 雛見沢村への立ち入り調査を要請します。これは犯行当時の被告人に責任能力がなかったことを証明するために必要なことです。それだけではありません! 罪なく殺されてしまった全ての村人たちのためにも、我々はこの事実を確認しなければなりません!」

「わかりました。司法に関わる人間として、このような非人道的な行為を見過ごす事はできません。なんとしてでも地下施設の調査をおこないましょう。その結果がでるまでは、竜宮レナの審理は一時中断とします!」

 

 

 

 そして、2週間ほど経過した――。

 前回の法廷後は凄まじい騒ぎとなった。

 籠城事件から大災害へと続き、ついには国家レベルの犯罪行為が暴かれたのだから。

 当然、政治的な圧力もあり難航するかに思えたが、地下施設への調査は遂に実行へこぎ着ける事ができた。『東京』の権力は確かに強大ではあったが、その一方で、『東京』から排除されていた人間や疎ましく感じていた人間が多く存在し、調査を後押ししてくれたからだ。

 封鎖にあたっていた自衛隊員は、滅菌作戦の実行部隊ではない。そのため、彼等自身は大災害の真相を知らなかったのだが、彼等に引き継ぎを命じた上官は存在している。その人物ならば裏面の事情を知っているはずだった。

 もしも、見つかったのが地下施設だけならば、理由付けはどうにかできたのかもしれない。だが、決定的となったのは、地下施設内から死体が発見された事だ。また、調査の実現が早かった事もあり、いくつかの資料は軽い損傷で入手することもできた。

 滅菌作戦中に逃亡者が出たらしく、弾痕や血痕の存在も確認できている。作戦の実施が未明ということもあって、隠蔽処理に多くの漏れがあったからだ。

 そもそも、鷹野のもたらした情報が真実である以上、全てを覆い隠すことなど不可能だった。情報が漏れた時点で勝敗は決したと言ってもいい。

 事は『東京』内部の勢力争いでは治まらず、全ての責任を押し付けられて(事実そうなのだが)『東京』関係者は権力の座から一掃されることとなった。

 その捜査の陣頭指揮を執ったのが、検事である御剣怜侍であり狩魔冥だった。国家中枢に巣くう権力集団へ真っ向から挑んだ彼等は、世間から英雄として賞賛される事となる。

 

 

 

 7月19日 午前10時
 地方裁判所 第3法廷

 

 成歩堂は誇らしげに立っている。

 対照的に、冥は苦虫をかみつぶしていた。

「実に驚くべき事件でした。籠城事件の発生理由が、国家規模の犯罪と結びつていたとは……」

 裁判長が厳かに告げる。

「とにかく今度こそ、疑問の余地はありません。被告人に判決を言い渡しましょう」

 判決は決まっていた。

「無罪」

 

 

 

 同日 午後10時32分
 地方裁判所 被告人第3控え室

 

「レナちゃん、どうしたの? 無罪になったんだから喜ばないと」

 真宵が楽しげに促す。

「……私は無罪になってはいけない人間なんです。本当は、私に鷹野さんを責める資格なんてなかった」

「どうしたんだい?」

 何かを思い詰めていたレナが、ようやく顔を上げた。

「実は成歩堂さんにもう一件、弁護をしてもらいたい事があるんです」

「弁護だって?」

「私は学校の籠城とは違う、別な事件を起こしているんです」

「あの、それはどういう……?」

「私は人を殺しているんです。それも二人も」

「な、なんだってっ!?」

 驚愕する成歩堂にレナが告白する。

 両親が離婚した際に、彼女の父親は多額の慰謝料を受け取った。それを巻き上げるために、間宮リナと北条鉄平のふたりが美人局を企んだというのだ。事実を知ったレナは、思いあまって二人を殺してしまった。

 死体を偶然発見してしまった友人達は、レナに手を貸して死体を埋めた。しかし、魅音が勝手に死体を埋め変えてしまったため、レナは魅音を許せなかったのだという。

「ふむ……」

 成歩堂が顎に手を当てて思考を巡らす。

「籠城事件については無罪になりましたけど……私は人殺しなんです」

 成歩堂が人差し指をレナに突きつけた。

「異議あり!」

「え!?」

「その証拠はどこにあるんだい? 肝心の死体を見つけることができるのかな?」

「あ……」

 指摘されて気がついた。

 営林署の伐採計画で死体が発見される可能性がでてきたため、情報を入手した魅音が独断で死体を埋め直してしまったのだ。最後に埋めた場所はレナ自身にも知らされていない。

 そのうえ、大災害により、事後共犯となった友人達はすべて死んでしまって、証言してくれる人間は存在しない。

「君達の会話は予想できるよ。きっと、その事を誰にも話さないと約束したはずだ。大災害がなくても、みんなはその約束を守っただろうね」

「…………」

「北条鉄平は新しい愛人宅へ転がり込んだのかも知れないし、間宮リナは園崎組の金に手を出して姿を消したのかも知れない。死体が見つからない以上、君を殺人犯として立件することは不可能なんだよ」

 レナはうつむいたままだ。

「残念ながら、君を罰する事は誰にもできない。それでも君が罰を望むのなら、それを与えられるのは君自身だ」

「私が……?」

「殺人罪の時効は15年。君はどうして時効が定められているか知っているかい?」

「えっと……事件が古くなると、捜査が難しくなるからですか?」

「それもあるね」

「はいはい! なるほどくん! 捜査にお金がかかるから!」

「それもあるだろうね。そして、『警察の追求に追われ、時効までの間に罪の意識で苦しみ続けた』から――というのがあるんだ。君が自身の罪を忘れられないというなら、それを背負い続けることが君の罰だ」

 成歩堂がレナの肩に手を乗せる。

「圭一くんが、事件の前夜に言っていたんだろう? 罪を犯したとしても、それを反省するからこそ、よりよい自分になれるんだって。君の事だから15年過ぎた後も苦しみ続けるかも知れない。でも、君ならそれを受け止められるはずだ。君はぼくなんかより、命の尊さを知っているはずだからね」

「成歩堂さんは言ってましたよね、苦しい時こそ笑うんだって。でも……、私には無理みたいです」

 自身を省みる強さを持ち、隠された本質に切り込むほど思慮深く、人の心情や立場を察する事ができる。そんな優れた人格を持つからこそ、彼女は苦しんでいるのだ。

(どうにかして、彼女を元気づける方法はないだろうか?)

 成歩堂がカバンの中からひとつの証拠品を取り出した。

「これを君にあげよう」

 
証拠品「富竹ジロウの写真1」

 

 富竹ジロウが綿流しで撮影した写真のうちの一枚だった。その中で、5人の子供達が楽しそうに笑っていた。

 レナは両手で受け取った写真を無言のまま見つめ続ける。

「君があの事件を後悔していることは知っている。だけど、君が大災害から生き残ったのは偶然じゃないんだ」

「どういう……ことですか?」

「君が事件を起こした時、圭一くんは命懸けで時限装置を止めた。君の射殺命令を下そうとした刑事を、魅音さんは必死に説得した。それだけじゃない。梨花ちゃんも沙都子ちゃんも、事件の後で君を許したんだろう? そして、ぼくに弁護の依頼をしたのは園崎茜さんだ。君も知ってるよね?」

「はい。魅ぃちゃんのお母さんです」

「依頼を受けた時に、ぼくは聞いてみたんだ。娘さんを傷つけた相手をどうして弁護させるのか」

 籠城事件の時、魅音に裏切られたと信じ込んだレナは、感情のままに殴りつけている。事件の解決後、一番怪我が重かったのは魅音だった。

「茜さんは、こう答えたよ。娘の友達だから……って。死んでしまった娘の替わりに、せめてレナさんだけでも助けたいってね」

「…………」

「多くの人達が君を救おうとしたんだ。彼等は君に笑っていて欲しいと願っているはずだ。もちろん、ぼくもそのうちのひとりだよ」

 レナの手にしている写真がわずかに濡れる。少女の瞳から幾度も涙がこぼれ落ちているからだ。

「ありがとうございます。……成歩堂さん」

 レナが顔をあげた。

 涙をぽろぽろとこぼしながら、それでも笑顔を浮かべて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■竜宮礼奈
 平成19年現在、生存。鹿骨市内在住。

 

 

 

 

 

 

ひぐらしのく逆転

 

 

 

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