『ひぐらしのなく逆転』(2)証人・大石蔵人

 

 

 

 同日 午前11時38分
 地方裁判所 第3法廷

 

 タン! 裁判長の木槌が鳴った。

「では、審理を再開しましょう。狩魔検事。お願いします」

「それでは、証人を喚問するわ。事件に立ち会った所轄刑事を入廷させなさい」

 現れたのはかっぷくのいい、いかにも現場叩き上げと思われる男だった。

「証人。名前と職業をいいなさい」

「大石蔵人と申します。興宮で刑事をしています」

「竜宮レナについて、一番関わりのあった警察官があなたなのでしょう? 彼女の様子について話しなさい」

 

 

 

 証言開始 〜被告人の様子〜

 

「富竹ジロウと鷹野三四の殺人事件について、最後に会ったレナさんに聞き込みをしました。持っているスクラップ帖が原因だと考えてからは、自分が狙われていると本気で心配してましたね。
 ノートの存在については電話で聞いてましたが、中身を見る機会はありませんでした。園崎組がレナさんを探していると情報を入手しまして、よっぽど重要な秘密が書かれているのだと考えました」

 成歩堂が発言を遮った。

「待った! 園崎組がレナさんを追っていたのは、寄生虫の秘密を知られたからなんですか?」

「まさか」

 大石が肩をすくめて見せる。

「なんでも、組員の忘れ物をレナさんの方で拾ったようですなぁ。それを知った組員が部下を使って個人的に捜していたようです。真相を聞かされた時に、鷹野三四が制作した他のノートも拝見しましたよ」

 その言葉に食いついたのは裁判長だった。

「ほう。他のノートにはどんな事が書かれていたのですかな?」

「それがそのぉ、地底人の仕業だとか、冥界と現世が激突したとか、馬鹿馬鹿しい内容ばかりで」

「鷹野三四という女性は想像力が豊かだったのでしょうな」

 うむ。と自分の言葉に頷いた。

(…………それだけかよっ!)

 心中でツッコみながら、誰もが口に出すのを避けた。

「通報があって、私は学校へ駆けつけました。レナさんから渡された手紙で、私は初めて黒幕が宇宙人だと知らされました。当然、驚きましたよ。レナさんの要求は、実現不可能な事ばかりで呆れましたね。
 色々と手を打ったんですが、レナさんは実に細かく計画されていて、後手後手に回ってしまい苦労しました。前原さんの活躍がなければ、無事に解決することはなかったでしょうね」

 

 

 

 尋問開始 〜被告人の様子〜

 

「大石蔵人。あなたは彼女の精神状態をどう感じたの?」

 冥が直接尋ねる。

「そうですねぇ。目的については不可解ですが、私らへの対応そのものは、嫌になるくらい冷静で理知的でした。そうでなければ、証言を信頼したりしませんよ。だからこそ、宇宙人と聞かされた時に驚いたわけでして」

「わかったでしょう、成歩堂龍一。彼女に異常な兆候は見受けられなかった」

 成歩堂は顎に手を当てて思考を巡らす。

「……証言の一番最初の部分ですが、おかしくありませんか? そもそも、富竹ジロウは除くとしても、鷹野三四と最後に会ったのは五人の子供達です。どうしてレナさんにだけ聞き込みをしたんでしょう?」

「この村では綿流しの頃に毎年人が死んでいるんです。オヤシロ様の祟りと呼ばれているんですが、私はこの事件を村ぐるみの犯行じゃないかと疑ってましてねぇ。聞き込みをするにも、相手を選ぶしかないんですよ」

「それでは、レナさんを選んだ理由を教えてください」

「綿流し祭で偶然、子供達を見かけてるんですよ。レナさんだけが距離をおいているように思えましてね」

「彼女は友人から嫌われていたんですか?」

「あー、それは違います。思い悩んでいるといいますか、一歩引いているような感じでした」

「それでオヤシロ様の祟りについて質問した……と?」

「ええ。そういうことです」

「貴方はこんな女の子を脅して情報を引き出そうとしたわけですね?」

「穏やかじゃありませんね、先生。お話をお聞きしただけですよ。私は刑事なんですから」

「しかし、貴方は彼女がオヤシロ様の祟りを恐れていた事を知っていたハズです」

「何を根拠に――」

「証拠はこれです」

 
証拠品「竜宮礼奈の調査書類」

 

「彼女は茨城の事件で、オヤシロ様の祟りを受けたそうです。その情報に過敏になるのは分かっていたはずでしょう?」

「別に彼女を脅すつもりはありませんでしたよ。彼女の証言が信用に値するか、事前に調査しただけでして」

「異議あり!」

 
証拠品「前原圭一の調査書類」

 

「貴方は被告人だけでなく、圭一くんについても調査を行っている。しかし、彼には全く聞き込みをしていない!」

 ビシッ! 冥のムチが鳴った。

「待ちなさい、成歩堂龍一! そんな追求をしたところで、籠城事件とは何の関係もないわ!」

「そうとは限りません。大石刑事答えてください!」

「私は前原さんよりも、竜宮さんの方が聞き込みに適していると考えたんですよ」

「異議あり! こう言ってはなんですが、レナさんはオヤシロ様の祟りにあったと主張して、精神科医の診療を受けた人間です。情報を入手するなら、圭一君の方が適しているのでは?」

「それは現場の判断というやつですよ」

「違いますね。あなたは入手した圭一君の情報をレナさんに伝えました。あなたはレナさんが友人を疑うようにしむけたんです! 過去の罪を暴いてまで!」

「貴方は雛見沢をわかっていない。あの村は連帯が強くて情報を引き出すのが難しいんです。こんな方法でも取るしかないんだ!」

「認めるんですね? あなたが故意に被告人を追い詰めたことを!」

「私は3月で定年です。雛見沢連続怪死事件を解決するために、なんとしても情報が欲しかったんですよ!」

 成歩堂が呆れたように首を振った。

「スクラップ帳によれば、寄生虫の犯人は御三家となっています。御三家の人間である園崎魅音と古手梨花は信用できなかった。北条沙都子は古手梨花と同居しています。唯一、村との関わりの薄い友人が圭一くんでした。しかし、他でもないあなたが圭一くんへの信頼を引き裂いてしまった」

 成歩堂が人差し指を大石に突きつける。

「被告人を追い詰めたのは、証人、あなたなんです! つまり、間接的にとはいえ、あなた自身がこの事件を引き起こした!」

 大石が拳を握り、厳つい体を振るわせる。

「あなたが圭一くんに接触していたなら、惨劇を引き起こしたのは圭一くんだったのではありませんか?」

「ぐっ……、むぅぅぅ……」

 彼が反論できなかったのは、成歩堂の言葉に幾ばくかの真実が含まれているからだった。

 内部情報を引き出すために不信感を吹き込むのは、彼にとって常道ともいえる手段なのだ。それは子供への対応として厳しすぎたのかも知れない。

 ビシッ! 冥の鞭が鳴った。

「異議あり! それは証人に対する中傷よ。個人的な憶測はやめてもらうわ!」

 成歩堂にもその自覚はあったため話題を変えた。

「では、次の証言に移ってもらいましょうか、大石刑事」

「……いまさら、どんな証言が必要だとおっしゃるんです?」

「そもそもの発端となった、オヤシロ様の祟りについてです」

「話しても構いませんがね。レナさんの犯行動機は鷹野さんのスクラップ帖でしょう? 怪死事件との繋がりはなさそうですよ」

 その思いは大石だけではなかったようだ。

「そんな証言は無意味よ。籠城事件とは無関係に決まっている!」

「どうなのですか、弁護人。その証言は本当に必要なのですか?」

「もちろん、重要です!」

 成歩堂は断言してのけたが、それはハッタリであった。内心では冷や汗をかいている。

(……雰囲気的にここはハッタリをカマすべき……だといいなぁ)

「ふむ……。いいでしょう。では大石刑事、証言をお願いします」

 

 

 

 証言開始 〜オヤシロ様の祟り〜

 

「この村では5年前からオヤシロ様の祟りと呼ばれている連続怪死事件がありましてね……」

 ビシッ! 冥の鞭が走った。

「つまらない話はやめなさい! 昨年の事件は解決済みでしょう。連続しているという確証はどこにもないわ! 法廷は貴方の個人的推測を披露する場所ではないのよ」

「…………」

 一刀のもとに否定されて、さすがに大石も不快感をにじませた。

 冥に変わって成歩堂が促した。

「大石刑事、証言は今年の事件だけに絞ってもらえますか?」

「えー、今年の綿流しの夜、喉を掻きむしって死んでいる富竹ジロウの死体がみつかりました。未知の薬物によるものと疑っております。鷹野三四は車で一時間ほど離れた岐阜県の山中で遺体となっているのが発見されました。こちらは絞殺後にドラム缶で燃やされたようです。両者とも犯人は不明です。
 祭の終わった21時頃にレナさん達と会ったのを最後に、以降の目撃証言はありませんでした」

「確か……、他にも死人が出ましたよね?」

「ええ。6月25日に古手梨花が神社の境内で殺されました。生きたままお腹を裂かれて内臓を引きずり出されたようです。翌日に診療所で入江先生が催眠薬を飲んで自殺しています。ただし、遺書は見つかってません。
 これだけ死亡者が続出したのに偶然でかたづけるわけにはいきませんしねぇ。まあ、今となっては新しい証言を入手するのは絶望的でしょうが……」

 

 

 

 尋問開始 〜オヤシロ様の祟り〜

 

 冥は机の上に肘をつくと、余裕の表情で人差し指を振って見せる。

「……それで? それらは籠城事件とどんな関わりがあるというの? 何を証明するつもりかしら?」

「ぼくの疑問点はただ一つ。鷹野三四がどこにいるか!」

「どういうこと?」

「レナさんから聞いたんですよ。岐阜県でみつかった死体は、綿流しの前日に死んでいます。レナさんが綿流しの日に鷹野三四と会っている以上、死体は別人だと考えるしかない。そうなると、鷹野三四は富竹ジロウの死亡後に失踪したことになります!」

「では、あなたは鷹野三四が犯人だというの!?」

「証拠がないので断定はできません。ですが、極めて疑わしいのは確かです」

 緊迫する二人の間に、緊張感の薄い声が割って入る。

「悪いんですがね、先生。それは解剖記録が間違っていただけなんですよ。後になって、日付の訂正された解剖記録が届きました」

 
証拠品「鷹野三四の解剖記録1」
証拠品「鷹野三四の解剖記録2」

 

「えええええっ!?」

 重要なポイントをものの数分で覆されて、成歩堂が衝撃を受ける。

「ふん。これで疑惑は晴れたようね。他になければ竜宮レナについての審理を進めてもらおうかしら」

 2枚の解剖記録を眺めて、成歩堂が首を傾げた。

「待った! まだ話は終わってませんよ、狩魔検事」

「なんですって?」

「大石刑事、この解剖記録に奇妙なところはありませんか?」

「別におかしいところはなにも……」

「この証拠品と比べてください」

 
証拠品「綿流し祭怪死事件捜査記録1」

 

「そもそも、鷹野三四は祭の最後で川へ綿を流している。時刻で言えば21時頃ですね。岐阜の山中まで優に一時間以上かかります。計算すると、死体が見つかったのは死亡直後のはず」

「そうなるでしょうなぁ」

「それならばどうして、死亡時刻が24時間も前という結果が出るんですか? 誤差ですむレベルじゃありませんよ!」

「…………」

「よく考えてみてください。これまでの死体は全て雛見沢村で見つかっています。鷹野三四だけが他の県で見つかるのは明らかにおかしい!」

「……他の件については死んだら放り出した印象なのに、鷹野三四だけが手間暇をかけて燃やされている。あまりに人為的と言えるでしょうね」

「鷹野三四の事件への関与を否定するのは、日付だけが修正されたこの解剖記録です。これを本当に信用することができますか?」

「ちょいと気になりますなぁ……。鷹野三四がねぇ」

 大石の口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

「調べてみる価値はあるかもしれませんね」

 ビシッ! 冥の鞭が走った。

「あ痛っ!」

「黙りなさい、大石刑事。解剖記録が間違っているわけないでしょう!」

 成歩堂が腰に手を当てて、余裕で応じる。

「その主張は通りませんよ! すでに一度間違ってるじゃありませんか!」

「くっ……」

「あー、お嬢さん。解剖記録のミスってのは、十分に考えられるんですよ。解剖記録そのものが正しくても、書類の扱いを間違う事がありますしね」

「裁判長! 被告人にノートの内容を信じさせたのは鷹野三四です。そして、鷹野三四の死が信憑性を増幅させた一因となっています。彼女の死亡状況に疑問が残る以上、鷹野三四は疑わしいと判断するしかありません」

 うむ。と裁判長が頷いた。

「……それでは、私の考えを述べたいと思います」

 検察側、弁護側のみならず、傍聴人も含めた全ての人間が裁判長を注視する。

「その荒唐無稽なノートが今回の事件を引き起こしたのは意外な事実です。そして、被告人がノートを信じる原因となった人物について不明瞭な点があることも否定できません」

「バ、バカな……!」

「どうやら、この件はもう少し調査が必要なようですな。明日の裁判までに、さらなる調査をお願いします」

「……わかりました」

 成歩堂が頷く。

「……うむむ……」

 冥もためらいがちに受け入れる。

「それでは、本日はこれにて閉廷!」

 タン! 裁判長が木槌を打ちつけた。

 

 

 

 同日 午後13時18分
 地方裁判所 被告人第3控え室

 

「これからどうするの、なるほどくん?」

「鷹野さんについて新しい情報を入手するしかないだろうね」

 しかし、レナは懐疑的だった。

「でも、鷹野さんは少なくとも死んだことになっているんですよ」

 そのため、一度は調査済のハズだった。今から調べようにも新情報が出てくる可能性は非常に低いだろう。

「そうだね。鷹野さんが自分の意志で姿を消しているなら、見つけ出すのも難しいはずだ」

 そこを突破口にしておきながら、鷹野三四が生きていると途端に手詰まりとなかねない。

「そう……ですよね」

 レナの表情が曇る。

(まずいな。こんなことじゃいけない)

 成歩堂が極めて陽気な調子で話しかけた。

「レナさん。ぼくは師匠から弁護士として必要なふたつの秘訣を教わったんだ。君も覚えておくといい」

「どんなことですか?」

「まず、苦しい時ほど笑顔を浮かべること。相手に弱みを見せず、自分を奮い立たせるために」

「笑顔を……」

「もうひとつは、発想を逆転させること。どんな時でも道はあるはずなんだ。道が見つからないとしたら、それは諦めた時だけだ」

「すごく、男っぽい人だったんですね」

「いやいや、女性なんだ。確かに颯爽としていて格好よかったけどね」

「私の自慢のお姉ちゃんなんだよ」

 真宵は我が事のように誇らしげに語った。真宵の姉・千尋こそ、成歩堂に弁護士のいろはを教えた師匠なのだ。

「そうなんですか?」

 その会話はわずかにでもレナを元気づけたようだ。当の師匠がすでに死んでいると知ったらまた暗くなるかも知れない。

 成歩堂の視線が傍らの真宵に向けられた。

(逆転させる……か。もしも、鷹野さんが本当に死んでいたとしたら……?)

 

 

  つづく