『ひぐらしのなく逆転』(1)被告人・竜宮レナ
注)罪滅し編と事実関係が違っていたり、オカルト設定も登場します。罪滅し編に酷似した世界のカケラとしてご承知願います。
7月7日 午前 9時43分
地方裁判所 被告人第3控え室
その少女は生気のない瞳でじっと床の一点を見つめていた。自らの罪を悔いているだけでなく、大切なものを失った喪失感に苛まれているのだろう。
本日の裁判の主役はこの少女だった。
まだ未成年のため、新聞や雑誌で報道される時は、『少女A』となっている。
「弁護士さん。私の事はもう放っておいてください。私は確かに罪を犯したんですから。それに……、私一人だけが……」
言葉に詰まる。その先を口にするのがとても辛いようだ。
「君が自分を責めていることは知っている。でも、辛い事や苦しい事があるなら、遠慮はいらないからぼくに相談してくれ。一人で抱え込まない方がいい」
「…………」
その言葉が、相手の心をどれほど揺さぶったのか、彼は理解していない。
突然顔を上げた少女に、わずかに怯む。
「そうそう。なるほどくんは頼りになるんだよ。絶体絶命の状況から口先だけで逆転するのが得意技なんだから!」
助手の少女が力説する。
「ぼくらは仲間だろう? だから、ぼくの事を信じて欲しい」
少女の瞳が成歩堂の顔を映し出す。その瞳に彼女の心が蘇ったように思えた。
「……はい。成歩堂さんにお任せします」
同日 午前10時
地方裁判所 第3法廷
タン! 裁判長の鳴らした木槌の音がきっかけで、傍聴人のざわめきが鎮まっていき、法定内が静寂で満されていく。
「これより、竜宮礼奈の法廷を開廷します」
裁判長が厳かに宣言した。豊かなあごひげを蓄え、貫禄のある容姿をしている。しかし実際は、雰囲気に流されやすく、世間知らずな一面があり、外見と内面の落差が激しい人物だった。
「検察側・弁護側とも、準備の方はよろしいですかな?」
「検察側、準備完了しているわ」
理知的で気の強そうな少女が立っていた。アメリカで経験を積んだエリート検事の狩魔冥である。
「弁護人、準備完了しております」
ツンツンと尖った髪型の弁護士が成歩堂龍一という。傍らに立つ、勾玉の首飾りをした少女は助手の綾里真宵だった。
ふたりの答えに頷くと、裁判長が告げる。
「裁判の前に念を押しておきます。今年は昭和58年ということを両名とも忘れないように」
「つまり、携帯電話とかニンテンドーDSという言葉を使うなということね?」
「その通りです」
狩魔検事の確認に裁判長が頷いた。
「しかし、この年には序審法廷の制度はなかったはず……」
成歩堂が疑問を口にした。
序審法廷制度――犯罪発生件数の増加に対応するため、有罪無罪の判決を数日間で審理する制度である。本来ならば30年後に制定される。
「ですから、そういう事を言わないように釘を刺したのです! そもそも、この場に存在にする私達が言及すべきことではありません! 今度そのような発言をした場合、ペナルティを与えます」
(……な、なんでぼくばっかり)
理不尽さに呆れる成歩堂を無視して、裁判長が進める。
「狩魔検事。冒頭弁論をおねがいします」
「犯行内容は明らかよ。6月25日正午頃、竜宮礼奈は営林署雛見沢事務所に押入り、25人の子供を人質に取った。その後、7時間以上に渡り篭城。同日18時45分頃、屋根へ逃れた人質1名を追い、一時格闘となったが、同日19時10分頃、武装解除に応じ最後の人質を解放。警官隊に投降した」
「ひとつ気になっていたのですが、質問してよろしいですかな?」
「どうぞ」
「なぜ営林署でそんな犯行に及んだのでしょうか?」
「営林署内に雛見沢分校が間借りしているのよ。人質となった子供達も、竜宮礼奈本人もそこの生徒よ」
「なるほど。では、証言を開始してください」
係官の指示に従って、被告人が証言台に立った。
冥が左手を差し出すようにして話を促した。
「被告人。名前と職業を」
「雛見沢分校に通っていた竜宮礼奈といいます。でも『礼奈』という名前は嫌いなのでレナと呼んでください。お願いします」
物怖じせずに告げると、ぺこりと頭を下げた。
「では証言を初めなさい、竜宮礼奈」
冥がレナの要望をあっさりと受け流した。
「異議あり! 法廷記録を書き換えるわけではありません。弁護側としては、スムーズな進行を計るためにも、レナさんの希望に添うよう要望します」
ビシッ! 冥が苛立ちを隠せずに、鞭で机を叩く。
法廷でムチを振り回すのは狩魔冥の特権……ではなく、誰からも許可を得ていないため、趣味というべきか。
「それでは、……竜宮レナ。証言を始めなさい」
証言開始 〜犯行の経緯〜
「クラスメイトを鉈で脅して、私は学校へ立て籠もりました。圭一くんが手を貸してくれましたが、信用できなかったため、別な手段も準備しました」
「待った! では圭一くんも共犯者ということですか?」
証言の途中だったが、成歩堂がその点を追求した。
「それは違います。圭一くんは協力するフリをしていただけで、内部の状況を警察へ教えていたんです」
レナにしてみれば、それだけは明言する必要があった。あの時の自分を命懸けで止めてくれた、圭一の名誉に関わるからだ。
「わかりました。続きをお願いします」
「警察の突入を防ぐために、私は教室内にガソリンを撒いて、ライターを手放さないようにしました。それと、自分が取り押さえられた時に備えて、雨樋にガソリンを流し込み、要求期限の19:00にあわせて、タイマー式の発火装置も仕掛けました。
梨花ちゃんにライターを奪われ、屋上に仕掛けた時限装置は圭一くんに止められました。圭一くんと屋上で戦った時は、本気で……殺すつもりでした。カッとなってやりましたが、今は反省しています」
「証言は以上よ」
冥は両手を左右に開くと、演技を終えた舞台女優のようにお辞儀して見せた。
尋問開始 〜犯行の経緯〜
「……………………」
成歩堂は沈黙を守っている。
「……………………」
冥は様子をうかがっている。
「…………ねぇ」
傍らの真宵が肘で成歩堂を小突いている。
「どうしたの、なるほどくん? いつもみたいに、『待った!』とか『異議あり!』って叫ばなきゃ! 職務タイマンだよ」
(叫ぶ事が仕事じゃないんだけどな……)
「綾里真宵の方が、あなたよりもあなたの仕事を理解しているようね。それとも、ようやく無駄な弁護を諦めたのかしら?」
「ぼくが口を挟まないのは、異議を挟む余地がないからです」
「では認めるのね。彼女が籠城事件を起こした事実を」
「もちろんです。それが事実ですから」
「発作的な犯行でもないわ。これほど周到に計画されているんだもの」
「そうですね。ぼくが犯行に及んだとしても、ここまでの計画はたてられないでしょう」
「ただの脅しでもなかった。鉈を振り回したことで負傷者もでているし、ガソリンはいつ爆発してもおかしくはなかった。時限装置も正常に稼働していたわ」
「ええ。彼女自身も殺意のあった事を認めています」
冥が誘いをかけても、成歩堂はまったく応じようとしない。
検察の証明に反対せず、事故や過失を主張せず、殺意すら認めてしまった。これでは、弁護人の存在意義が失われてしまう。
彼女が知る成歩堂龍一という人物は、どんなに不利な状況であっても、どんなに不利な証拠があろうとも、最後まで被告人を守ろうとする人間だった。だからこそ、彼に幾度も敗れたのだ。
成歩堂がニヤリと笑ってみせる。
「ただし、一つだけ疑問があります。狩魔検事に対して!」
「私にですって? なにを聞こうというの?」
「どうして、狩魔検事は被告人に動機を追求しないのですか?」
「……くっ!」
冥の様子は、明らかに弱点を突かれたかのようだった。
裁判長が成歩堂に同意して頷いてみせる。
「そうですね。これほどの事件です。多数の目撃者もあり、現行犯逮捕とはいえ、動機を明らかにする必要があるでしょう」
冥が苦虫をかみつぶすようにして、言葉を続ける。
「……それは、次の証言で明らかになるはずよ」
証言開始 〜犯行の動機〜
「私は鷹野さんから、オヤシロ様について研究しているスクラップ帖を預かりました。
スクラップ帖には、オヤシロ様の祟りの原因が寄生虫であり、御三家が培養してばらまこうとしていると書かれていました。そのうえ、御三家を操っているのは寄生虫型宇宙人で世界侵略を狙っているという事も。鷹野さんが殺されたのは、このことを知ったからだと私は思いました。
そこで私は、宇宙人の侵略に対抗するため、学校を占拠して警察を脅迫しました。鬼が淵沼に沈むUFOを引き上げたり、研究施設の入江診療所から解毒剤を入手するために。
……今となっては、どうしてあんな話を信じたのか、自分でもわかりません」
尋問開始 〜犯行の動機〜
裁判長を含め法廷中の人間が黙って証言を聞いていた。いや、開いた口がふさがらないといった類の沈黙であった。
成歩堂が呆れたように尋ねた。
「……狩魔検事。あなたはこの証言を信じたんですか?」
冥は思わず鞭を振り回す。
ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ!
「痛っ、痛っ、痛っ、痛っ、痛っ!」
「仕方がないでしょう! 被告人への尋問は何度も行っている。動機にも犯行時の行動にも記憶違いはほとんどなかった」
「しかし、宇宙人の侵略阻止のために犯行に及んだというのは、あまりにも無茶です。正気を疑って当然です」
あまり物事にこだわらない裁判長ですら、さすがに引っかかったようだ。
「その心配は無用よ。取調中に彼女の精神鑑定は済んでいる。彼女の責任能力については、検察から証拠品を提出しているわ」
「竜宮レナは責任能力がなかったと主張するために、スクラップ帖を信じたフリをしたのよ」
「異議あり! それでは根本的なところでムジュンしてしまう!」
「彼女が犯行に及んだ理由はこれが全てです。政治的なメッセージも金銭的な要求も存在しない。つまり、スクラップ帖を信じていないなら、犯行の動機が存在しないことになる!」
「しかし、彼女が正常な判断力を有している事は、精神鑑定でも明らかよ」
「そうは思えません!」
「私が診断書を偽造したというの?」
成歩堂がゆっくりと首を振った。
「……違います。ですが、検事の言葉にもあった通り、その診断が行われたのは事件後のことです。事件を起こした時に、同じ精神状態だとは限りません」
「そんな言い分が通ると思っているの!?」
「彼女の証言を思い出してください。彼女自身が、スクラップ帖を信じた事を不思議に感じている」
ダン! 成歩堂が両手で机を強く叩いた。
「つまり、事件当時の彼女は普通の精神状態ではなかった!」
「異議あり! それは弁護人の個人的見解に過ぎないわ!」
「ならば、彼女が正常な状態であったと証明してもらいましょう。目撃者の証言や証拠品でね」
ビシッ! 冥が苛立ちを隠せずに、鞭で机を叩く。
「受けて立つわ、成歩堂龍一!」