某国――。 一仕事終えたその少年が、街をぶらついていた。 次の仕事が未定のため、身体が空いてしまったのだ。 残念ながら今回の作戦には、親しい人間は参加していない。 彼はひとりで戦火の爪痕が残る街を歩いていた。 この国は、未だ発展途上で不衛生だったが、少年にはこういう国の方がなじみ深かった。整然としてはいないが、活気だけは満ちあふれた街。 内戦やらクーデターやらで、戦火も近いが、だからこそ人々は日々を必死で生きている。 こういう点こそ、人間が持つ本来の活力と言えるのかも知れない。
その道に場違いに大きなトレーラーが、不意に突入してきた。 緑のシートに隠された荷物が重すぎたのか、トレーラーは道を曲がりきれずに、崩れかけたビルに激突して止まってしまう。 たまたま近くにいたその少年が、運転席を覗き込んだ。 ハンドルにもたれていた男を引きずり出す。 胸が大量の血で赤く染まり、確認するまでもなく、すでに絶命している。 銃弾を浴びたのだろう。 助手席で頭を伏せていた大男が、一度頭を振って、座席から下りた。 少年が下ろした、その遺体に駆け寄る。 「ケビン……」 この遺体の名前なのだろう。 だが、感傷に浸る暇もなかった。 砂煙を上げて、ジープが殺到してくる。 「シット!」 大男が運転席からマシンガンを取り出すと、ジープに向かって発砲を始めた。 ジープはこの国の政府軍のものだ、町中で敵対するのは、無謀といえる。 「おい、小僧。そいつを、運転席の後ろに寝せろ!」 「もう、死んでいる」 「わかってる。けど、そいつは相棒なんだよ!」 合理的とは言えないが、気持ちは分かる。 少年が、男を担ぎ上げて、車内へ潜り込んだ。 すかさず、大男が運転席に座った。 「ありがとよ」 「ああ」 「……さっさと降りろ。礼は言ったぞ」 「こちらの都合だ、さっさと出したらどうだ?」 少年は平然と、応える。 「ガキと遊んでいるヒマはねえんだよ」 「いいから、出せ」 「このっ、くそガキが!」 大男がアクセルを踏みこんだ。
もともと、少年は今回の仕事でこの国の反政府軍に荷担していた。隣国との戦争に熱心な政府に、民衆が立ち上がったわけだ。 いまさら、彼がこの車と無関係と釈明しても、信用してもらえないだろうし、叩かれれば埃が出るのだ。戦場で少年の顔を見た人間もいるかもしれない。 「町外れまで送ってくれ。政府軍とは関わりたくない」 「ガキのクセに何やった?」 「俺はただの傭兵に過ぎない。たまたま、今回の仕事が、ゲリラ側への支援だっただけだ」 少年が手短に説明する。 「ふん。貴様のようなガキが傭兵だと?」 「そちらの事情は?」 「運び屋だな。空路にしたかったんだが、お前らの内戦のあおりで、飛行機が使えなくなったんだよ」 「災難だったな」 平然と応える。 傭兵にすぎない少年としては、責任云々を言われても困るのだ。 「俺は、そうだな……、ジャック・スレイターとでも呼んでくれ」 どうやら偽名のようだ。 ある映画の主人公の名前だったが、少年には分かるはずもない。 「俺の名はソウスケ・サガラだ」 「ふん」 ジャックが鼻で笑う。 「どういう意味だ?」 「お前みたいな奴の呼び名は、小僧(キッド)に決まってんだよ」 「……そうか」 宗介は黙認することにした。 このテの手合いは、腕ずくで教え込ませないと、納得しないものだ。 これまでも、宗介は戦場で自分より若い人間を見かけたことがなかった。 当分の間は、どこへ行っても、宗介は若造扱いされるのだろう。 宗介を軽く扱う連中こそ、技能が未熟で無駄に年を取っているものだ。自らが優秀な人間は、他人の才に納得しやすいのだが、並の人間は優れた相手の実力を理解することもできない。
前方に出現したジープが、運転席に銃弾を撃ち込んできた。 ジャックは怯まずにスピードを上げると、ジープの尻を押し始める。 後押しされたジープは、カーブを曲がりきれず、土くれに乗り上げて横転する。 まだ、他にもジープはやってくるだろう。 宗介はジャックが置いたサブマシンを手に取った。 「オモチャじゃねぇぞ。置いときな」 そうたしなめるが、宗介は弾数を確認して、構えた。 併走してきたジープに向けて、発砲する。 タイヤを打ち抜かれて、ジープは建物に突っ込んでいった。 「ほぉ、やるじゃねえか」 「これでも、プロだからな」 「その調子で頼むぜ」
さらに十数台におよぶジープを蹴散らしたものの、まだ街を抜けていない。 そこへ、規則的な物音が聞こえてきた。 足音のようだ。 「ASか?」 宗介が身を乗り出してあたりをうかがうが、ビルに視界を遮られてASを視認できない。 ここの政府軍が持ち出すとしたら、Rk−92〈サベージ〉だろう。 AS(アーム・スレイブ)――それは、全高10メート程度の、人型をした「最強の陸戦兵器」だった。〈サベージ〉の最高速度は130キロにも達する。 音からして、二機は出ているはずだ。 トレーラーでは逃げきれそうもない。 少なくとも、連中の方が地理に詳しい。 「ちっ! ケビンがいりゃあ」 「人ひとりで、ASを相手にできるはずがないだろう」 宗介らしくなく、ツッコんだ。 「ケビンはASの操縦者なんだよ」 そうジャックがつぶやいた。 「ASの? まさか、積んでいるのはASなのか?」 「ああ。本来、この内戦とは全く無関係なんだが、こいつの存在を知られると、返しちゃくれねぇだろうな」 「それほどの機体なのか?」 「ああ、現行機種なんかメじゃねーよ」 「では、俺がやってみよう」 「馬鹿言ってんじゃねぇ。お前ぇみてえなガキに……」 「では、無抵抗のまま、奴等に引き渡すのか?」 「爆破するさ。渡すぐらいならな」 「爆弾を積んでいるのか?」 「ああ。悪かったな。秘密にしてて」 「かまわん。それより、爆破するぐらいなら、動かしてみないか?」 「お前ぇにできんのか?」 その問いに、宗介が不敵に笑う。 「安心しろ。俺はスペシャリストだ」
モスグリーンのシートを被った荷台に、宗介が潜り込んだ。 ジャックが口にした言葉は嘘ではなかったようだ。プラスティック爆弾が、傍らにごっそりと積み上げてあった。 だが、宗介の視線を引きつけたのは、当然ながら、彼が見たこともないその機体だ。現存するASとは全く違うシルエットをしていた。 仰向けの機体だったが、枠でささえられていているため、ハッチを開いて乗り込むスペースはありそうだ。 これが宗介と、この機体との出会いとなった。
停止したトレーラーに、二機のサベージが迫る。 覆っていたシートが外側へ向けて、引きちぎられた。 ジャックの無線機に、宗介の声が届く。 『この機体に武装はないのか?』 「現状では、その機体の標準装備だけだ」 『了解した』 トレーラーの側面に、ASが片足を下ろす。 「あの小僧、本当に動かしやがった……」 ジャックの目の前で、そのASが大地に降り立っていた。
周囲に接近していた〈サベージ〉が、起動したASを見て、棒立ちとなった。 実は、ジャック達は積み荷を、なんとしても知られる――この場合は、知られると同時に、奪われるのを避けるため、断固として隠し通していたのだ。 そのため、政府軍は何を積んでいるか、全く知らなかった。おそらく、ゲリラ側の武器弾薬程度には考えていただろうが、まさか、最新鋭のASとは想像もしなかっただろう。 宗介が頭部のバルカンを発射する。 〈サベージ〉の一機がなすすべもなく撃破された。 もう一機は、ライフルごと持っていた右手を破壊される。 しかし……。 「くっ、弾切れか。他に武器は無いのか?」 モニターに、この機体の正面図が映し出される。脇の下のパイロンにあたる個所が点滅表示されていた。 「これか」
謎のASが単分子カッターを引き抜く様が、モニター上に表示される。 〈サベージ〉の兵士もまた、単分子カッターを慣れない左手で構える。 「よくも、ジーンをっ!」 その兵士が、怒りにまかせて目前のASに襲いかかった。
だが……。 宗介が扱うこの機体の前には、無謀な選択だった。 宗介は軽く身をかわすと、〈サベージ〉の機体のある一点に単分子カッターを突き立てた。 〈サベージ〉の駆動を停止させる最大の弱点だった。 宗介は〈サベージ〉を操縦したこともあり、機体の特性を熟知している。 その上、この機体の運動性能である。 負ける要素が見つからなかった。 確かに、この機体ならば、味方以外の手に渡すわけにはいかないだろう。
〈サベージ〉二機といえば、多大な損害である。 その損害に恐れをなしたのか、追っ手はこなかった。 すくなくとも、この機体は、ゲリラが手に入れられる代物とは思えないはずだ。直接の脅威とは判断しなかったのだろう。 トレーラーは、その後、妨害を受けることもなく、国境の港町までたどり着いた。
「この後はどうする?」 宗介が尋ねた。 「仲間の船が迎えに来る手はずになってんだよ」 「そうか。では、俺もここで下ろさせてもらおう」 「待てよ」 ジャックが呼び止める。 「お前も傭兵のプロなんだろ?」 「……ああ」 「だったら、仕事分の報酬はもらうべきだろう?」 そう言うと、ジャックは荷物の中から札束を取りだした。USドルで五千ドルはあった。 「持っていきな」 「同行したのは、俺の事情でもある」 「気にすんな。お前はそれだけの仕事をしたんだ」 「……もらっておこう」 ジャックが改めて、宗介を観察する。どう考えても納得がいなかい。 ASの操縦者に選ばれるには若すぎる。そのうえ、操縦者としてだけではなく、自身での戦闘能力も優秀だった。 これだけの力があれば、特殊部隊に入っていても通用するだろう。 「どうした?」 「お前の歳はいくつだ?」 「15歳だ」 「な……に……?」 東洋人は若く見えるから、外観以上に年齢を上乗せして考えていたが、そうではなかったのだ。 想像したよりもさらに若かった。 ジャックが唖然となる。 「お前はどこで、ASの操縦を覚えたんだ?」 「アフガンだ」 アフガニスタンでは、いまだに戦乱が続いている。 この少年は、物心つく前から、戦争に駆り出されていたのだろう。 「そうか……」 ジャックは頷くしかなかった。
去っていく宗介に、ジャックが声をかけた。 「おい、小僧。名前を教えてくれよ」 「すでに名乗ったはずだ」 振り返った宗介が、無表情のままそう告げる。 「悪いが聞いてなかったんでな。もう一回頼む」 「ソウスケ・サガラだ」 「サガラね……」 変わった名だ。 「訂正させてもらうぜ。お前は小僧じゃねえ。あばよ、サガーラ!」 その言葉を聞いて、宗介の口元に笑みが浮かぶ。 それは、確かに少年の笑い方ではない。ひとりの男の笑みであった。
ジャックが通信機に語りかけている。 「遅れて悪かったよ。ちょっと、途中でドンパチしちまってな」 タバコに火をつける。 「小僧のくせにたいした奴だぜ。ぶっつけ本番で、XM9を動かして見せたんだ。そりゃあ、音声入力方式に助けられたんだろうが、並の腕じゃねぇ。ああ……、あいつなら通用するさ。あ、名前?」 まずい……。 ついさっき聞いたばかりだというのに。 確か……、セガラ? わずかに考えたジャックが、きっぱりと断言した。 「そうだ、セガールだ! ソウスキー・セガール! ……ああ、間違いねぇ!」(注:違います)
かくして、ベリーズの訓練キャンプへ、ソウスキー・セガールなる人物が招かれることとなった。
──『宗介のデンジャラス・ホリディ』おわり
あとがき 大柄で豪快なキャラというと、シュワルツェネッガーしか思い浮かばなかったので、ジャックはそのイメージとなっています。セイラー艦長とカブるので、あまり言及しませんでした。 「なんで宗介がそんな場所をうろうろしてるのか?」とか、「新型機を何でそんな危険な経路で運ぶのか?」とか、「初めての操縦では無理だろう」とか、そういうのは言いっこなしです。 大人の事情が隠されているため、一般人には「知る資格がない」ということで納得してください。 |
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