某国の人体実験施設を強襲するため、精鋭部隊である特別対応班が行動した。作戦のさなか、ウルズ7のコールサインを持つ兵士が、〈ウィスパード〉と思われる日本人の少女を救出することに成功する。 すでに撤収も完了した。作戦は終了である。 ASから降りた最年少の兵士のもとに、金髪碧眼の美形が近付いてねぎらいの言葉をかける。 格納庫を歩いた二人は、その機体に目を向けた。 世界に一台しか現存しない高価な実験機〈アーバレスト〉であった。その真価を知るものは少ない。この機体は、それこそ人智を超えた凄まじいまでの性能を秘めているのだ。 特別対応班で正式採用している最新型のASですら、〈アーバレスト〉にはかなわなかった。それほど〈アーバレスト〉の限界性能は想像を超えるのだ。最大の特徴であるラムダ・ドライバが搭載されていなかったとしても、世界最強と言えるかも知れない。 その価値から、現在では通常任務での使用は控えられている。 「いいよな。俺も欲しいよ、〈アーバレスト〉」 「俺としては……アルの無駄口がなければ、無条件で賛成できるのだが」 「そうか?俺はあいつ好きだぜ」 クルツが笑いながら言った。 「お前はそうだろうが……」 「お前が、戦場しか知らずに育ったのは知ってるけどよ。もう少し、肩の力を抜けって」 「わかっては、いる」 「じゃ、カリーニンのおっさんによろしくな」 「了解した」
クルツに報告を任されてしまい、彼はひとりで、陸戦隊の指揮官であるカリーニン中佐のもとを訪問した。 カリーニン本人が、現場に残ることを望んでいるため、いまも中佐どまりだ。本来なら、もっと昇進して、〈ミスリル〉の中枢にいてもおかしくない人物だった。 「サガラ軍曹。作戦はうまくいったようだな」 「はっ」 「呼び出したのは次の極秘任務のためだ」 「どのような任務でしょうか?」 「実は軍曹には、救出した少女の護衛として、日本の高校へ潜入してもらうことになる。」 「日本のですか?」 「懐かしいかね?」 「1年ぶりになります」 「これは、情報部からの強い要請による。作戦部長も同じ考えのようだ」 「…………」 「当然、これはトップシークレットになる。特に事前に艦長に知られると、どんな妨害に出られるかわからん」 中佐の心配は、彼にもよくわかった。 「この件は、ウェーバー軍曹も交えて、改めて詳細を伝えることにする。……それと、軍曹。いまから、大佐殿にも報告に行くように。彼女からの命令だ。『冷めないうちに艦長室まで連絡にくるように』とな」 カリーニンの目が和んだ。どこか懐かしそうに自分を見やるのを、驚いて見返したものの、……我に返って敬礼した。 「了解しました」
テッサの愛称で呼ばれる美少女の艦長室に招かれると、そのテーブルに乗っているバスケットには多数のタッパーが入っていた。 わざわざ作った料理を詰め込んで、艦長室まで持ってきたらしい。 「さあ、座ってくださいサガラ軍曹。任務が成功したお祝いですから」 艦内でもあることなので、少女はわざと他人行儀な呼び方をする。 しかし、このような行いをするのは、呼び方以前の問題ではなかろうか? 「お祝いといっても、この前もやった気がしますが……」 「もちろんです。毎回しますよ」 あっさりと少女が答える。 「素晴らしい事じゃないですか。任務が成功して、サガラ軍曹が無事に帰ってくるんですから」 アッシュブロンドの少女がまぶしいほどの笑顔を浮かべた。 鼻歌まで歌いながら、エプロン姿で準備を進めている。 艦長室とはいえさすがに狭いが、彼女は二人きりの時間を過ごしたくて、ここでの食事にしたのだろう。 テッサの手料理はうまかった。前回より確実に進歩している。努力のあとがうかがえた。 ついつい箸が進むのを、テッサが嬉しそうに見ていた。 仮にも大佐と軍曹なのだから、あまりにも馴れ馴れしすぎる気もするのだが……。 まあいいだろう。『二人の関係』は周知の事実だ。 「あの、サガラ軍曹。今日は、この部屋で一緒に寝てもらえませんか?」 「今は作戦行動中です。不適切かと思いますが?」 「でも、実際の作戦行動は終了しました」 「いえ、帰還するまで、任務は継続中です」 「……では、こうしましょう。〈トゥアハー・デ・ダナン〉艦内に敵の内通者が存在するかもしれません。わたしが狙われる危険がありますので、一晩中、あたしの部屋で警護してください」 「公私混同です。大佐殿」 「命令ですよ、軍曹。命令を拒否するのなら、内通者がいないことを証明してください」 そんなことは、無理に決まっている。 そのうえ、確かに、以前のように乗っ取り騒ぎが起きないとも限らない。 「仕方がありません」 「やった♪」 少女は嬉しそうに彼の胸に抱きついた。
「よっ」 軽い調子で話しかけてきた人物は、ニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。 「どうした?」 「昨夜は、またテッサちゃんの部屋か? 羨ましいね」 クルツは心底羨ましそうだ。 「……どうしてわかった?」 「お前が自室にいなかったからな。他にいそうなところなんて数えるほどしかないだろ?」 「そうだな」 「まあ、テッサを可愛がるのはわかるけどな」 「当然だ」 「でも、お前しか見てないってのもな……」 「そうかもしれん。しかし、そばにいるのは、お前ぐらいしかいないのだが……」 「マジ?」 「勘違いするな。お前では論外だから、任せられる相手がいないと言っているんだ」 「ちぇっ!」 その時、警報音が鳴った。 『敵潜水艦を捕捉。警戒態勢発令。各員戦闘配置につけ』 艦内放送が流れた。 「了解」 律儀に少年が答える。 「じゃ、頑張りな」 「了解した」 同僚に励まされて、彼は格納庫に向かって走り出した。
敵艦は正面からこちらに向かってくる。 「魚雷発射管、三番、四番、開いて!」 「魚雷発射管、三番、四番、開きます」 艦長席についているテッサの命令に応じて、砲術士官が動く。 「スクリュー停止!」 「スクリュー停止」 機関員が復唱とともに、命令を遂行する。 敵艦の正面で〈トゥアハー・デ・ダナン〉が停止した。魚雷の発射もせずに、敵の正面で動きを止めて、敵の攻撃を待っている。 「敵艦の魚雷発射音を確認。数は二」 ソナー員からの報告。 モニター上では、敵艦の魚雷の軌跡が表示される。 刻一刻と魚雷との距離が近付く。 「サガラ軍曹、準備はいいですか?」 『肯定です』 通信機は、格納甲板の〈アーバレスト〉との回線を接続しており、彼の聞きなじんだ声が聞こえた。 「では、魚雷を引きつけます。カウント10……5、4、3、2、1、フィールド展開」 『了解』 〈アーバレスト〉のラムダ・ドライバが作動する。 『虚弦斥力場生成システム』だ。オペレーターの攻撃衝動や防衛衝動を増幅し、擬似的な物理力に変換する。 その凄まじい能力は、〈トゥアハー・デ・ダナン〉の周囲を力場で覆った。 二発の魚雷は船殻に触れることなく爆発した。爆発による衝撃も全て遮断する。 「フィールド解除!」 『了解』 撃沈を確認するためか、敵艦は無防備に接近してくる。 「魚雷、三番、四番発射!」 「魚雷、三番、四番発射します」 よほど油断したのか敵艦は、回避行動も起こさずに二発の直撃を受けた。 テッサは自分の艦と同じ方法を使ったのかと勘違いして警戒したほどだったが、全くの杞憂にすぎなかった。 〈トゥアハー・デ・ダナン〉はメリダ島へ向かって航行を再開した。
メリダ島に到着するとすぐ、待ちかねていたかのように指示があった。 テスタロッサ大佐。 サガラ軍曹。 この両名が第一会議室に呼びだされたのだ。 「行きましょうか。兄さん」 「『兄さん』はやめてくれ。まだ、任務遂行中だ」 柔らかな美貌の少女と、端正ではあるが無愛想な少年。あまり似ていないが二人は兄妹なのだ。父親が共通で、母親が違うため、血のつながりは半分だけだ。腹違いの兄妹ということになる。 「あとは、口頭での報告のみです。それも全て身内のようなものじゃないですか」 すっと、テッサが彼に腕を絡めた。 「ここも軍隊だ。必要以上に馴れ馴れしいのは問題だろう?」 テッサに、やめるように促すが……。 「これは必要ですから」 「そうは思えん」 「わたしに必要なんです」 テッサは踊るような足取りで、彼を引き連れていく。 「しかし、あの面子で顔を合わせるのは気が重い」 「そんなこと言わないでください。わたしは楽しみですよ」
メリダ島基地。第一会議室。 戦隊長が椅子に腰掛け、その隣に下士官が立っている。 その正面には〈ミスリル〉の幹部である作戦部長、情報部長、研究部長の三名の映像が表示されていた。 『ふむ。元気そうだな。テスタロッサ大佐』 先に口を開いたのは作戦部長だった。 「はい。いつもサガラ軍曹に守ってもらっています」 『サガラ軍曹も活躍しているようだ』 「はっ。光栄であります」 『…………』 作戦部長は、一度口を閉ざし、その後が続かない。 『…………』 「申し訳ありませんが、この会議の目的はそれだけでしょうか?」 一番下位に位置する軍曹が、控えめに尋ねてみるが……。 『…………うむ』 『うむ、じゃないでしょーがっ! 提督! もう少し、なんか話したらどうなのよ。滅多に会えないんだからっ!』 情報部長が噛みついた。 『そうです。久しぶりに合ったんですから、いろいろと話をしてください』 研究部長も同意する。 『そうは言うが、何を話せばいいか……』 作戦部長が首をひねった。 『もともと、この会議は将軍の方から要請したのだろう? それに、博士も話したいことがあるのなら、好きにするといい』 『まったくもう……。こほん。サガラ軍曹。作戦の詳細は聞いてるわ。味方の損害ゼロで、たいしたもんよ』 情報部長が話し始めた。 「いえ、事前の情報が正確でしたので、障害と呼べる物もありませんでした」 『それはなによりだわ。あなたは父親に似て優秀だから、情報さえ正しければ、問題はないでしょう』 情報部長の言葉に、研究部長がわざわざ口を挟んだ。 『そうですね。父親似で本当によかったです』 『……それは、母親に似たら、困るって言ってるの? 博士』 情報部長のこめかみがぴくぴくと震えた。 『いえ、そんな。わたしの口からは何も言ってませんよ』 研究部長がすまして答える。 『テスタロッサ大佐も見事な操艦で敵艦を撃沈したそうですね。あなたは母親に似ていますが、実に優秀です』 「……ありがとうございます」 テッサの返答が困惑気味なのは、これからの展開がある程度予想がついたためだ。 『母親似ね……。父親にあまり似てないのは、実は父親が別人だという噂も……』 情報部長がからかった。 『なっ、なんてこと言うんですかっ! 言っていいことと悪いことがあります!』 『あんたに人の事が言えるわけ?』 毎度のように、情報部長と研究部長が言い合いを始める。 個々の実力ならば間違いなく、〈ミスリル〉の最高幹部だというのに、二人が顔を合わせると、すぐにこうなってしまう。 『二人とも、このような場所で口論するのは……』 『提督は黙ってて!』 『提督は黙っていてください!』 『…………了解した』 作戦部長は二人に対して、随分と立場が弱そうだった。 『だいたい、提督はこのまえ、博士と何をしてたのよ! カナダに二人で行ったのを知ってるんだからね!』 矛先が変わった。 『……どうして知っている?』 作戦部長は、脂汗を垂らしながら、顔をひきつらせた。 『あたしは情報部長なんですからね。あたしの目を盗もうたって、そうは行かないわよ』 『それは、職権乱用です』 研究部長が割って入る。 『その時のあんたの口実だって、『新型ASの性能確認』だなんて言って。職権乱用でしょ!』 『じゃあ、『作戦の打ち合わせ』のためだけに、ふたりきりでローマに行くのはいいんですか? 将軍』 『な、なんでそれを?』 『提督本人から聞きましたから』 『……なんですってっ? 秘密だって言ったじゃないのよ!』 呼び出された二人とは全く関係のない話で、三人の口論は進んでいく。 「……抜け出すか?」 「…………」 その誘いに、テッサが無言でうなずいた。 二人は三巨頭を残して会議室を後にした。
「……むぅ」 少年が思わず唸った。 作戦部長が歴戦の勇士なのは自分も知っている。戦場で行動をともにすれば、自分の未熟さを痛感するほどだ。それなのに、あの二人にはまるで頭が上がらないようだ。 「しかし、昔からあの二人がライバルだとは聞いていたが、なぜいまだに仲が悪いのか……」 不思議そうに、首をひねる。 「え? すごく仲がいいですよ。あんなに言いたいこと言い合って」 テッサが微笑みながら答えた。 「よくわからん」 「兄さんはそれでいいんです。そのままでいてくださいね」 テッサは楽しそうに笑って見せる。 「よっ。そっちはどうだった?」 クルツが姿を見せた。 「問題ない」 「しかし、お前らが羨ましいよ。顔を合わせるのは、こんな時だけだからな。俺の方なんて、同じ艦内にいるんだから、毎日監視されているようなものだぜ」 「それは、お前の行状に問題があるからだ」 「わたしもそう思います」 「ちぇっ……俺の行動にだって理由はあるんだよ。さっきだって、カリーニンのおっさんに叱られちまったけどよ……」 「『おっさん』だなんて言って……」 テッサが眉をひそめる。 「『おっさん』なんていいほうだろ?『爺さん』と呼ばないだけ気を使ってるよ」 クルツは悪びれない。実際、この三人にとっては祖父のような存在なのだ。どのような口調であっても、悪意が込められることはない。 「今度は何をしでかしたんだ?」 「いやいや。おっさんの台所のコンロをぶっ壊してやったんだ。……しかたねーだろ? 俺たち三人に『ボルシチをご馳走する』なんて言われちゃな」 それなら仕方がない。 二人とも異論はなかった。
〈ミスリル〉で生まれ、世界各地を戦い抜いてきた、若き三名。彼らは現在、西太平洋戦隊〈トゥアハー・デ・ダナン〉に所属している。 艦長でもあり戦隊長でもあるテリーザ・テスタロッサ大佐。 特別対応班のウルズ6。クルツ・ウェーバー・ジュニア軍曹。 特別対応班のウルズ7。サガラ・キョースケ軍曹。 その彼らに新しい指令が下る。 それは、情報部長が発案し、作戦部長が賛同した、通学任務だったのだが……。研究部長やテッサの猛反発に合い、ある妥協案に落ち着くことになる。 京介だけでなく、さらにテッサとクルツも作戦に参加することになったのだ。
彼ら三人は、ある都立高校へ通うことになる。 そこには、救出された元気いっぱいの〈ウィスパード〉の少女と、冷徹鋭利な眼鏡の校長が待っていた。 平和で騒がしい学校生活が、始まろうとしていた。
──『フルメタル・パニック!NG』おわり
あとがき さて、どんなものでしょうか? 『フルメタル・パニック! Next Generation』です。 単に『三人が出世したら面白いのでは?』が発端で、書いてみました。 〈アーバレスト〉や〈トゥアハー・デ・ダナン〉が無事に残るか? 彼らが〈ミスリル〉に残るか? 〈ミスリル〉そのものが消滅してはいないか? 〈ウィスパード〉は存在しえるのか? 等々、不確定要素ばっかりです。 あと、腹違いの兄妹という設定自体を許せない人がいるかもしれませんが、笑って許してください。(自分的にはアリなんです……) ちなみに、クルツ・ジュニアの関係者というのは、ウルズ1とウルズ2になります。 |
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