週末──。 「千鳥。明日の予定は空いているか?」 そう話しかけられて、千鳥かなめは相手を見返した。 「空いてるけど?」 「では、俺とデートをしてもらえないだろうか?」 その一言の衝撃が室内を駆け巡る。 授業から解放された生徒達で喧騒に満ちていた教室内が、しーん、と静まりかえった。 なんと言っても、その言葉を発したのが、色恋沙汰とは全く無縁の相良宗介だったからだ。 そのことをよく知っているかなめは、その申し出を不信に思ったようだ。 「あ、あんたねぇ、”デート”って何か、知ってるの?」 「無論だ。男が先導して女を案内することだろう?」 「男女が二人っきりだからって、デートになるわけじゃないのよ」 「もしかして、『相手をどう思っているか』という点について言及しているのか? 俺は君を大切に思っているからこそ、誘っているのだが……」 宗介は平然と言ってのけた。 逆に、かなめはうろたえて真っ赤になる。 「そ、そんなのこんなとこで言われても困るわよ!」 「そうなのか?」 宗介は周囲を見回すが、クラスメートがこちらを見ているだけで、不審者が存在する気配などまったく感じなかった。 「別に問題はなさそうだが」 「そういうのは、誰もいない時に誘ってよ」 「……そうか。では、帰る準備を済ませてくれ。途中でその話をしよう」 「それじゃあ、バレバレじゃないのよっ!」 かなめの剣幕に、宗介が怪訝そうに見つめ返す。 「ちょっと、待ってくれ。これは極秘裏に進めるべきことなのか? 君は何かひどい勘違いをしているのではないか?」 「勘違い?」 「俺は君をデートに誘っただけだ。なぜ、人目を気にする必要がある? 知られてまずいことをするわけではなかろう」 「…………」 かなめが口惜しげにうつむいた。 会話の流れを振り返ると、まるで自分の方が不健全な事態を想像しているようだ。突然のデートの誘いに、うろたえてしまっただけだというのに……。 ますます、皆の視線を感じ取って、かなめの顔はさらに赤くなる。 「あ、あんたなんかと、デートなんて、するわけないでしょ! バカっ!」 かなめは宗介を残したまま、カバンを手にして教室を飛び出していった。 室内の生徒達が一斉に溜息をついた。皆が息を殺して見守っていたのだ。 「相良くん。あまり、気をおとさないでね」 信二は、まるで自分が拒絶されたかのように肩を落として、宗介に話しかけてきた。 「気にすんなよ。きっと、照れてただけだって」 孝太郎もそう声をかける。 「……もしかして、俺は慰められているのか?」 『…………』 二人が言葉に詰まった。 「……じゃあ、さよなら」 「……そうだな。お先に」 二人はそそくさと帰ってしまい、宗介がポツンと取り残された。 替わりに近づいてきたのは、恭子だった。 「残念だったね」 「そうだな」 宗介が頷く。 「カナちゃんは、嫌がっていたわけじゃないと思うよ」 「そうだろうか? 彼女を誘うのは諦めた方がいいのかもしれん」 「相良くん」 ずいっと恭子が迫った。 「一度断られたぐらいで、すぐに諦めるなんて、カッコわるいよ。それにね……」 「……?」
宗介の部屋の電話が鳴った。 「相良だ」 『あたし……』 すぐに分かった。かなめの声だ。 「何かあったのか?」 『あ、あのね。学校での事なんだけど、ごめんね』 「別に謝罪の必要はない。君に予定があっても不思議はない」 『違うの。なんの予定もないわよ』 「そうか……」 つまり、自分とデートをするのがイヤだったということか……。 宗介はここにきて、やっとそう思い至った。気落ちしたためか、声にも元気がなかった。 『別に、イヤだったわけじゃないんだからね。急だったからさ……、ちょっと、驚いて』 「……?」 『もし、まだ明日の予定を入れてなかったら、一緒に遊ばない?』 「ああ、俺の方は問題ない。常盤から言われている」 『キョーコから?』 「たぶん、君から電話があるはずだからと言われた」 『そ、そうなんだ……。なんでわかるんだろ』 「まったくだな。俺もその秘訣を教えてもらいたいぐらいだ」 『え!?』 「君が何を考えているのか、俺には全く分からない。もっと理解できれば、スムーズに意思の疎通をはかれるはずだ」 『なんだ、そういうことか……』 なぜか、残念そうにつぶやく。 彼女は、意にそぐわない俺の行動に、よほど頭を悩ませているのだろう。 などと宗介は落ち込みそうになる。 『明日の事は、約束したわよ。……言っとくけど、デートじゃないからね』 「違うのか?」 『違うわよ』 「どこがどう違うのか、理解出来ん。説明してもらえないだろうか?」 『う、うるわいわね。違うって言ったら、違うのよ!』 「……むう」 宗介は納得できずに、眉根を寄せる。 『それとも、やめておく?』 「……いや。お願いしよう」 『うん。じゃあ、明日楽しみにしてる』 そう言ったかなめの声は、嬉しそうだった。
翌日。 宗介は、かなめの言葉に従って、自室で待っている。 宗介自身は迎えに行くつもりだったが、かなめに断られたのだ。 待ち合わせは一〇〇〇時の予定だったが、すでに二〇分を回っている。 待ち合わせに遅れるとは彼女らしくない。何か不測の事態でも起きたのではないか? 彼女の部屋に電話をかけてみるが、誰も出なかった。 まさか……。 宗介がその方面でだけは逞しい想像の翼を広げようとすると、チャイムが鳴った。 訪問者がかなめである事を確認して、扉を開ける。 「…………?」 宗介が首をかしげた。 目の前にいるのはかなめに違いない。しかし、どこか違って見える。 身につけているのは、黒を基調としたモノトーンのワンピース。スカートの丈は膝下まであり、活発な印象が薄れて、いつもより大人びて見える。 胸元に十字架のネックレスをし、耳にもイヤリングをつけている。いつもの彼女らしくなかった。 「どこか、おかしいかな?」 宗介の様子を見て、心細そうにかなめが問いかける。 「……いや、そんなことはない。いつもと違うように感じるが、なんの問題もない」 違って見えるのは確かだが、決して悪い意味ではない。 「よかった」 宗介の言葉に、かなめが笑顔を浮かべた。 「服を選ぶのに時間がかかって。ごめんね」 「いや。問題ない」 二人は街へ向かった。
「この映画?」 「イヤなのか?」 「あたしは構わないけど、本当にこれを見るの?」 「うむ」 宗介に従って、かなめも映画館に入った。 ごく普通の映画で、どちらかと言えば家族づれが好みそうな、ほのぼのとした邦画だった。 それこそが、かなめが首をかしげた理由なのだが……。 かなめはごく自然と、宗介はアクション映画か、戦争映画しか見ない気がしていたのだ。それを、かなめの思いこみというのは酷というべきで、誰もがそう判断するに違いない。 物語は、一人の少年の冒険である。 少年は海岸で大きい卵を見つける。その卵を孵すためにひと騒動、ペンギンが生まれてからまたひと騒動。少年はペンギンを故郷の南極まで連れて行こうと一人で旅立ち、出会った人々の協力を得て、南極に近いアルゼンチンの街まで旅を続ける。 感動の超大作という映画ではないが、普通に楽しめる作品だった。 「あー、面白かった。あんたでも、こんな映画見るのね〜」 「しかし、あのように、軍用機を独断で……」 「映画なんだから、そのぐらいいいじゃないの。規則とか、任務に縛られて、人を助けられないなんて、悲しいじゃない」 「そうだな……」
二人は、喫茶店でランチセットを頼んだ。 「次は本当にカラオケにいく気?」 改めてかなめが尋ねる。 「問題でもあるのか?」 「問題っていうか……、あんた、歌なんて歌わないじゃないのよ」 一度、宗介がデートの真似事をした時に、カラオケに行った経験がある。 宗介が唯一知っているのは陰鬱なロシア民謡だけなのだが、宗介が歌い出した時、室内の雰囲気がぶちこわしになったのだ。 「俺は歌うつもりはないが、もしも、君がイヤがるなら、それはコースから外そう」 「歌わないんだったら、何が楽しくて、カラオケに行くのよ」 「歌う以外にも楽しみはあるだろう? 俺は君の歌を聴きたいとおもったのだ」 「あたしの?」 「うむ。俺に歌の良し悪しはわからんが、〈デ・ダナン〉の一周年記念パーティで、歌っていた君は魅力的だった。君が歌うところは見ていたい」 「そ、そう? だったら、行ってもいいけど……」 頬を染めながら、かなめが頷いた。
カラオケボックス。 はっきりいって、二人の様子はおかしかった。覗き込んだ人間は首をかしげるに違いない。 宗介がむっつりと見る前で、かなめが熱唱しているのだ。 「あんたねぇ。少しは手拍子をするぐらい、したらどうなの?」 「こ、こうか?」 微妙にずれたテンポで、手拍子を始める。 ぎくしゃくしている宗介の前で、それでも楽しそうにかなめがマイクを手にする。 こうして、宗介一人に見られて歌うのも、悪い気はしなかった。 傍目にはどうでも、当人達は結構楽しんでいたようだった。
ゲームセンターにも入った。 かなめが渋ったのは、イヤな記憶が頭をよぎったからだが、結局は宗介に従う事にした。 驚いたことに、今日の宗介はなんの騒動も起こしていない。 かなめに言われるまでもなく、宗介はどのゲームにも手を出さなかった。 一体、かなめがゲームしているのを、何が楽しいのか傍らで眺めているだけだ。
アクセサリーショップ。 普段のかなめはあまり装飾品のたぐいは身につけていないものの、十分に興味はあるようだった。 展示されている品をとっかえひっかえ身体にあてては、鏡を覗き込む。そのあたり、無駄だとわかっているので、宗介の感想を求めようともしない。 いくつか上がった候補を、かなめが真剣に悩んでいると、宗介はそれらを取り上げて精算を済ませてしまう。 驚いているかなめに、宗介はたったいま購入した品を押しつけた。 困った表情を浮かべながらも、それでもかなめは受け取ってくれた。どうやら、これでよかったらしい。
二人は、この日の締めくくりとして、ホテルに入った。 当然、ホテルそのものが目的地ではなく、最上階にあるフランス料理のレストランにやってきたのだ。昨今の状況もあり、カジュアルな服で訪れている客も多かった。 夕闇がおりて、電灯が灯り始めていた。 まばらにビルが建ち並び、眼下には街の灯りがまたたいている。鮮やかな展望が素晴らしかった。 うっとりと見下ろしていたかなめの前に、豪勢な料理が並ぶ。 テーブルマナーの存在すら知らない宗介に、かなめがレクチャーしてやる。かなめもそれほど詳しくはないが、宗介より知識があって当たり前だろう。 宗介も料理を楽しんでいたようだったが、途中から様子がおかしくなった。 ナイフとフォークが音を立てたり、急に震えだしたりする。 顔には脂汗まで浮かんでいた。 「大丈夫? どっか悪いんじゃないの?」 見かねてかなめが尋ねる。 「問題ない。大丈夫だ」 そう言われても、とてもそうは思えない。 「理由ぐらい教えてよ。気になるじゃない」 「……その、この場所が恐ろしくてな」 「恐ろしい? なんで?」 「このように、見晴らしのいい場所では、どこから攻撃されるかわからん。狙撃ポイントは多い上に、室内が明るすぎる」 そう聞かされて、かなめが吹き出した。 いつもの宗介らしかったからだ。 「じゃあ、食べ終わったし、出ようか?」 「そうしてもらえれば、助かる」
エレベーターの前に二人はやってきた。 「なんだって、そんな無理までしてここにきたのよ?」 「今日の目的は君に楽しんでもらうことだ。それは、全てに優先される」 「……そ、そうなの? あの、今日は本当にありがと。楽しかった」 そう言って、彼女が笑顔を浮かべる。 その笑顔だけでも、今日の苦労の甲斐はあったと思えた。 「では、この後はどうする?」 「どうって、なにが?」 「一応、部屋も取ってあるが、君に泊まるつもりはあるか?」 「っ!?」 ぎょっとなって、かなめが数歩退いた。 驚きのあまり声も出ない。 「どうかしたのか?」 「どうかって、……ソースケ、あんたどういう意味かわかってるの?」 「……質問の趣旨がよくわからん。泊まって寝る以外に何か目的があるのか?」 その様子から察するところ、言葉通りの意味でしかなさそうだった。 「やっぱりわかってないのね……」 かなめががっくりと肩を落とす。 別に、ナニかを期待したわけではなく、単に脱力感に襲われたからに過ぎなかった。 「俺は何かおかしな事を言ったのか? 電車の終電には間があるし、泊まる必要は無いと判断したのだが……」 「わかった。わかった」 「もしも、君が泊まりたいというなら、それでもかまわんぞ」 「いいってば、帰るんだから」 「そうか? では、そうしよう」 結局、二人は家への帰路についた。
川沿いの遊歩道を若いカップルが歩いている。 「今日は楽しんでもらえただろうか?」 「んー。まーね。あんたと一緒でも普通に楽しむこともできるのね。ビックリだわ」 満面の笑みで、宗介に応える。 「なによりだ」 宗介は満足そうにうなずいた。 「今日は、発砲したり、暴れたりはしなかったしね」 「無論だ。その点に関しては、厳重に注意されていたからな」 「……どういうこと?」 「実は、今回のデートについては、常盤に協力してもらった」 「キョーコに?」 「うむ。俺は、女性が楽しめるポイントに疎いので、常盤の協力を得て、今回のコースを決定したのだ」 「道理で、普通に楽しめたわけね」 「彼女からは、こういう行動はデートだと聞かされていたのだが、君によるとその説明は間違っていたのだろうな」 「……えーと、いいよ。それでも」 「なにが、いいんだ?」 「今日は、あんたとあたしのデートってことでも」 「昨日はあれほどデートではないと、力説していただろう?」 「いいの。あたしがそれでいいんだから」 「……よくわからん」 宗介が首をかしげる様子を、かなめは嬉しそうに眺めていた。 「しっかし、キョーコはどういうつもりよ。ホテルまで予約するなんて」 「……その件は、俺の独断だったが、まずかったのか?」 「え? ソ、ソースケが?」 かなめの顔が真っ赤になった。 「うむ。大佐殿には必要だと思ってな」 その一言で、今度は一瞬にして血の気が引いた。 「テッ……サ?」 かなめが、二人の共通の知り合いである美少女の名をつぶやいた。宗介の口にした”大佐殿”の事だ。 「こうして、君に楽しんでもらえたのなら、大佐殿にも喜んでもらえるだろう」 「ど、どういうこと?」 「今度、大佐殿に来日の予定があるらしく、街を案内してくれと頼まれたのだ。たまたま常盤にその話をして、彼女の協力を得られた。彼女には『重要な人物』としか説明しなかったので、君のことだと勘違いしていたようだったが……」 「テッサと、ホテルに泊まる予定だったの?」 かなめが肩を震わせつつ、そう尋ねる。 「うむ。あのセーフ・ハウスは文明的とは言えないらしいからな。以前、中佐にも滞在場所にふさわしくないと指摘されたし……」 そこまで説明した言葉が遮られた。 おそらく、初めての事だろう。 かなめの右手が翻って、宗介の頬を叩いたのだ。 「あたしは練習台だっていうわけ? バカにしないで!」 かなめが怒りの形相でこちらをにらんでいた。あまりの激情のためか、目には涙がにじんでいる。 彼女は踵を返して立ち去っていった。 あとには、呆然としてる宗介がぽつんと取り残された。 「………………」 ……なにがまずかったのだろう? 確かに、テッサのために立てた計画である。 それを流用してみただけだ。いつも迷惑をかけているかなめに喜んでもらおうとして……。 やはり彼女は俺とのデートを嫌がっていたのだろうか? 宗介がかなめの誤解を解くまで、一週間ほどかかることになる。
後日、宗介は言葉通りテッサを案内した。 そして、かなめを誘った事を口にしてしまい、今度はテッサの機嫌を損ねたりもするが、まあ、これは別な話である。
――おわり。
あとがき。 正直なところ、「ラブラブ」なだけでは書いていてつまらないので、こんなオチになりました。 正確にはこのオチがあるからこそ、書く気になった次第で……。 タイトルは洋画からそのまま流用しました。 |
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