1. 吉報
医療センターにクラヴィスが移されてそろそろ2週間になりますか。このままクラヴィスを失うことにならなきゃいいんですがねぇ。
何やら宇宙が不穏な様子だというのに……考えたくはありませんが、カティスに続いてクラヴィスまでいなくなったらジュリアスにも大きな痛手じゃないかって気がします。仲が悪いといっても長いつきあいの二人ですからねー。この先どうなっちゃうんでしょう……。
ルヴァはそんな内心の動揺を面に表すことなく、廊下ですれ違う職員と軽く会釈をかわしながらゆったりと歩む。いつも穏やかで人当たりの良い地の守護聖だが、ただのお人よしではない。守護聖の中での年長者として、ジュリアスとは違った立場で皆に目配りすることのできる貴重な存在だ。
彼はクラヴィスの病室の前に立つと、はぁ、とひとつ息を吐き出して、小さくノックすると扉を開いた。
クラヴィスが眠っている寝台に突っ伏すようにしている黄金の髪に覆われた背中に驚いて、小走りで駆け寄ると肩に手をかけた。揺さぶろうとして、気づく。ジュリアスも眠っている。
「……このところ、ジュリアスは疲れていたようでしたからねー。クラヴィスの眠りに誘われたんでしょうか」
クラヴィスの方を見やると、顔をジュリアスの方に向けていることを見て取って軽い驚きを覚えた。
おやー? いつ来ても全然動いた様子がなかったのに、おかしいですね……。
せっかく眠っているのに気の毒ですが、ジュリアスを起こしてみたほうがいいかもしれませんねー。
「すみませんジュリアス、ちょっと起きてください」
軽く揺するとジュリアスは目を開いた。はっとして身を起こす。
「仲良くおやすみのところ、申し訳ありませんね」
ルヴァの穏やかな物言いに、いや、と答えて、そして自分の寝所でもない場所で眠っていたことに気づくと狼狽で顔を赤くした。
「すまぬ、私は眠っていたのだな」
「いえいえ〜、かまいませんよー。お疲れなんでしょうから。本当は寝かせておいてさしあげたかったんですけど、ちょっと気になることがありましてね。
ほらここなんですけど、クラヴィスの顔、動いていませんか?」
「…あ、ああ、そうなのだ。さきほど目を覚ましたのだが……皆に知らせに行こうとして」
皆に知らせに行こうとして、「ここにいてくれ」と頼まれてすわり直して、クラヴィスが寝入ったら知らせに行こうと思っていて、そのまま自分も寝てしまったらしいことに思い至った。先ほどまでのことを思い出すと急に不安になって、もう一度クラヴィスの意識を探る。
大丈夫だ、今はここにいる。普通に眠っているだけだ。
大きな安堵が胸に広がった。夢ではなかった。あれほど長い間、どこにもいなかったクラヴィスはようやく戻ってきたのだ。
「……え? あのー、クラヴィスは意識が戻ったんですかー? それは良かった。
それにしてもあなたが一緒になって寝ているとは……あなたたち、仲直りしたんですか?」
にこにこと尋ねられて、返答に窮した。我にもあらずまた赤くなる。
「少し疲れていたのかもしれぬ。クラヴィスが眠いと言って目を閉じたのを見ているうちに眠ってしまったようだ」
「いやーそうですかー、うんうん。仲良きことは美しき哉って言葉もありますし。あなたたちもいい加減仲直りするべきだと思っていましたのでね、うれしいですよ。あなたたちときたら、喧嘩しなくてもいいところで角つき合わせているんですからねー。カティスに後は頼むぞなんて言われちゃった私の身にもなってくださいよ」
いやまだ仲直りしたとかそういうことではないのだが。
にこにこと一人でテンション低く盛り上がっているルヴァの誤解を正したいジュリアスだったが、口を挟むきっかけがないままあいまいに頷く。
はっきり仲直りとは言えないまでも険悪な状態ではなかったのは確かでもあった。どこかしら夢心地でクラヴィスが寝入る前の会話を思い出す。常のジュリアスになく頭がぼうっとしていた。うたた寝をしてまだ目が覚めきっていないものか、しゃっきりしない。
何やら思いもかけなかったようなことを言われたような気がする。睡眠不足で判断力が鈍っているのであろうか……。
「ああそうでした、いつまでもこうしておしゃべりしているわけには行きませんね。早く皆さんにクラヴィスの覚醒を知らせに行かなくては〜」
「覚醒と言っても……また眠っているがな。本当によく寝る男だ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「では、私が知らせてきます。あなたはここにいてあげてくださいねー」
「クラヴィスが急に目を開いたのであわてていてうっかり失念していたのだが、ナースコールのボタンを押せばよいのでは?」
ルヴァは、それは名案とばかりにぽふんと両手を打ち合わせた。
「私もすっかりそんな便利なボタンの存在は忘れていましたよ。そんなことも忘れてるなんて、もしかして私たち、クラヴィスが目覚めたってことで相当に舞い上がっちゃってるんでしょうかー」
「そうなのかもしれぬな」
静かに微笑んだジュリアスの顔はこれまでになく幸せそうに見えて、ルヴァは目を丸くした。
おやまあ、ジュリアスでもこんな顔することがあるんですねー。それにしても、これでこの人たちが仲良くしてくれれば、私も肩の荷をひとつ下ろせるってものです。