『毎度ー。ミツルギさまから、お荷物が届いてますー』
「はい、お願いします」
海外や地方へ頻繁に出張している御剣が、忙しい合間を縫って土産を送ってくれるのは、今に始まった事ではない。
だから、見慣れた制服をモニター越しに確認した成歩堂は、疑いもせずにエントランスのロックを解除し。
玄関の扉を、開けた。
「―――邪魔するぜ」
「む、ぅ・・っ!」
その途端、宅配便のお兄さんは素早い身のこなしで玄関内へ完全に入り込み、片腕で成歩堂を捕獲した。ちなみに、もう片方はそう小さくもない段ボール箱を楽々抱えている。
まずは成歩堂の顔を胸板へ押し付けて、声を発せないようにし。段ボールを床に放り投げてから反転させると共に、シ、と唇に人差し指を立てて、沈黙のジェスチャーをする。
この時点で。
成歩堂は、何となく事態を察知した。配送業者を装って侵入してきた男の目的は金銭や暴行ではなく。悪戯をしに来た愉快犯―――ゴドーの知人だと。
突然で驚いたが、前にも似通った経験があるし。男からは、殺気だの切羽詰まった様子は感じられないし。決定打は、男の腕が強引で成歩堂の抗いをきっちり封じる力強さはあるけれど。成歩堂に一切、苦痛を齎さないのだ。
気遣い、尊重してくれている事が伝わってくる。
それは、ゴドーを彷彿とさせて。ゴドーのように成歩堂を扱うという事は、ゴドーにとっての成歩堂がどういう位置にあるかを知っている筈。即ち、顔見知り程度の付き合いではない。ましてや、敵ではない。
「・・・・・」
だから、成歩堂はただコクリと頷いた。暴れもせず、瞳に恐怖を浮かべたりもせず、どちらかというと諦め顔で。
「見た目はポヤッとしてるが、鈍くはなさそうだな。そのまま、静かにしててくれよ」
「・・(馬堂さんといい、結構失礼だよな)・・・」
耳元で囁かれ、擽ったさと明け透けな物言いに眉を潜める。だが、歯に衣着せぬ表現はゴドーもかと思い至り、『類友・・』で溜飲した。
侵入者はリビングに移動するとソファに腰掛け、成歩堂も座らせた。肩を抱くようにして密着し、また唇が触れんばかりの距離で話す。
「俺は狼士龍。国際捜査官だ。アンタの旦那とは、昔仕事をした事があってな。―――お祝いを、持ってきたぜ」
「・・(やっぱり。もしかしたら、馬堂さんとも知り合いなんじゃ・・)」
頷いて相槌を打つものの、成歩堂は何故普通の音量で会話してはいけないのか、不思議に思っていた。それとも、極秘機密を常に扱っている(だろう)国際捜査官の職業病だったりするのか。
「しかし、荘龍大哥の好みも変わったもんだぜ」
狼が指摘する所の『ポヤン』顔で、色々想像しつつも大人しく見上げる成歩堂をつくづく眺め。狼は、首を捻った。成歩堂は、狼の知っているゴドーが選ぶタイプではないのだろう。しかし成歩堂だってゴドーみたいなタイプと付き合ってきた訳ではないから、別段腹は立たなかった。
「まぁ本気かどうかは、すぐに分からぁ」
傷付きも、怒りもしない成歩堂に、狼はかえって興が乗ったようだ。
ニヤリ、と肉食獣の笑みを見せると―――
「うわぁっっ!」
徐に大きな手で成歩堂の臀部を鷲掴んで、揉み拉いた。
「奥さん、イイ尻してやがるな」
「ひぃっ、止めて下さいぃっ!」
初めて褒め言葉らしきモノをもらったが。当然、全く、嬉しくなかった。
「このケツじゃあ、毎晩、可愛がられてるんだろ? バックなんて、特に良さそうじゃねぇか」
「ひぇぇっ」
言葉とセットのセクハラは、もの凄い威力だった。鍛え上げられた腕なのに、力は確かに強いのに、食い込む指は痛くなくて。それ所か、思わず身体が跳ね上がるポイントばかり突いてくる。
しかもソファへ俯せに転がし、その上にのし掛かられては、いやらしい発言がどうしたって現在の体勢と連結してしまう。
「し、洒落になりませんから・・っ」
本気で仕掛けてはいないと分かっているが、心臓に悪い。―――この後の展開を考えると。
ゴドーをからかうのが目的でも、成歩堂に関して、ゴドーの許容範囲は、酷く狭い。この間も『内祝い』と称して馬堂に強烈な返礼をした事を風の噂で聞いたし、成歩堂自身に殆ど非はなかったにも関わらず、大変な目に遭ったのだ。
同じパターンになるのは、願い下げ。
「服の上からでも、これだけ触り心地がイイってこたぁ・・」
「いやいやいや! 期待はずれですっ、幻想です!」
しかし、非常に嫌な流れになっている。お茶目なのはよーく分かったから、もう少し身体を張らない悪戯にしてくれないかと切実に思う。