ひみつのハロウィン




 カラン。
「あ。いらっしゃいませ、馬堂さん!」
「・・・ああ、邪魔するぞ・・」
 もう少しで扉の枠に頭をぶつけそうな馬堂は、いつもと様子が違う店内をぐるりと見回し、しかし何の反応も示す事なく空いているテーブルへ着席した。
「おげんきでしたか?」
 御剣の腕から降りた成歩堂は、お冷やを運んでオーダーを取り。馬堂が珈琲を2・3口味わった所で、改めて挨拶しに行った。
 馬堂の来店は、月に数回と頻度は少ない。(成歩堂の尺度では)山のごとく高い身長で、強面で、寡黙で、常に近寄りがたいオーラを醸し出していて、常連客と馴れ合う事もない。成歩堂の可愛さに脂下がったりもしない。
 けれど神乃木とはタイプの異なった良い声をしており、素っ気ないが成歩堂を邪険にしたりもせず、どこからともなく棒キャンディを取り出しては成歩堂にくれるので、他の客同様すっかり懐いている。
「ああ・・何とか生き延びてる・・」
 相手が年端のいかない子供だろうと、馬堂のペースは常に一定。カップから視線を成歩堂へ移した馬堂はまじまじと成歩堂の服装を眺め、それから店内を観察し、また成歩堂を見遣った。
「今日はハロウィンなのか・・?」
 成歩堂と馬堂の遣り取りを聞いていた者達は、『今更気がついたのか?!』と突っ込むより、『ハロウィンを知っていたのか?!』と驚いた。
「そうです! だから・・とりっくあおとりーと?」
 1人だけ不思議がっていない成歩堂が、嬉しそうに問い掛けた。いかにも舌足らずな言い方に、周囲がふんわり和む。一所懸命覚えました的な台詞にも萌えるが、ばっちり用意してきたお菓子をあげた時の笑顔が、またイイ。
 日頃から成歩堂を餌付けしている馬堂だから、成歩堂の笑顔がまた華開く―――と待ち構えていたのに。
「菓子は・・ない。・・悪戯、で・・」
「ぇえっっ!?」
 ギャラリーにざわめきが走る。彼らは選りすぐりの菓子を持参してきた為、『treat』以外の回答は頭の中になかった。
「ホントにいたずらしちゃいますよ?」
 やはり1人動じる所か、ますます目を輝かせた成歩堂が再度確認する。
「たっぷりするとイイ・・」
「わー、じゃあおひざの上にのってもいいですか?」
「膝の上と言わず・・どこにでも、好きなだけ・・」
 馬堂は成歩堂の両脇に手を差し入れ、ひょいと腿に乗せた。
「!!」
 途端、先程より大きな動揺が周囲に起こった。
 初めて悪戯できるとワクワクしている成歩堂は全く頓着していないが、鍛え上げられた脚に跨った為、ただでさえ短いスカートが捲れ、非常に際疾い部分まで見えている。しかも絶対領域のタイツがより食い込み、太腿のむっちり加減が強調された。
 GJ!と喝采を送る反面、立場を代わりたいと羨む者続出。神乃木に至っては、跨るのはオレ限定だろう!と今度こそカップを破壊しそうなのでカップから手を離した。
「よいしょ」
 身長差故、座っていては目的が達せられないらしく、成歩堂はまず膝立ちして腕を馬堂の首へ廻し、背一杯背伸びすると―――
「ああ!」
「お、いいなアレ」
「可愛すぎる・・っ」
 ふ〜〜っ、と桜色の唇から甘い甘い息を耳へと吹き掛けた成歩堂に、ざわめきは喧噪にグレードアップした。
「・・これが、ボウズの悪戯か・・?」
「うん。ふーってやられると、とびあがっちゃうんだけど・・・いたずらじゃ、なかった?」
 馬堂が表情筋をピクリとも動かさないものだから、段々成歩堂の眉がへたれていく。すると、ほんの1o程だったが馬堂の口端がカーブした。
「オレには耳じゃなくて・・首の方が、効く・・」
 事前にバレていては悪戯じゃない、とか。
 場所が首に変わっても、効いているようには全然見えない、とか。
 要約すれば、成歩堂に齧り付かせて首元に顔を埋めさせるのが目的だろ!?というツッコミが、常連客の胸に込み上げたものの。
 ハロウィンの勝者は、馬堂で決まりらしかった。
 そして、カウンターの中では。しょっちゅう成歩堂の耳を擽って悪戯していた神乃木が、傲岸不遜な男にしてはひっそり反省していたのである。




【おまけ】
「ありがとうございます。また来てくださいねv」
 見送りに来た成歩堂へ1つ鷹揚に頷き、コートのポケットに手を入れた馬堂は。
「・・・お・・」
 小さな呟きと共に、入れたばかりの手を抜いた。
「・・・ボウズ、手を出せ」
「はい?」
 首を傾げつつも、素直に成歩堂が丸い手を開くと。
 ポトポトポト。
 振ってきたのは、何本もの棒付き飴。
「え・・?」
 今日は持っていないから悪戯になったのに、と成歩堂が不思議そうに見上げれば、その髪の毛をくしゃりと撫でて『ハロウィンの魔法だな・・・やるよ・・』と目尻の皺を深めた。
 コートの裾を翻して去っていく後ろ姿に、成歩堂は『馬堂さんって、しぶいなぁ・・』と思わず漏らした為。
 店では、大騒動が勃発した。