ひみつのハロウィン




 Happy Halloween!
 Trick or treat?
 お菓子か悪戯か。
 叶うのなら。
 幸せになるお菓子を、愛し子にあげたい。




「ちょーっと、マズいんじゃないの?」
「・・クッ・・」
 今の『クッ』には、『痛感しているから、敢えて指摘するんじゃねぇ』が含まれている。
 長年の付き合いである直斗には伝わったが、長年の付き合いだからこそ、直斗は容赦なく畳み込んだ。
「あっちは鼻血を隠す為にハンカチで押さえてるし、あっちは―――当分、立てないみたいだな。あ、トイレ行った」
「・・・・・クッ・・・」
 今度の『クッ』は、『あいつら1週間と2週間の出入り禁止にしてやる』の意味で、握り締めたカップはビキビキと不気味な音を発し、蟀谷には青筋がくっきりと浮かんでいる。
 変質者どもめ。
 辛うじて放送禁止コードに引っ掛かからない暴言は、それのみ。
 しかし、要注意人物の危険レベルをアップさせているのは、神乃木に原因があると言ってもよかった。
 ハロウィン前の週末。神乃木と成歩堂は2人きりでパーティーを催した。お菓子と料理を作り、ランタンに蝋燭を灯し、部屋をハロウィンディスプレイで埋め尽くし。
 そしてメインイベントは、成歩堂のコスプレ。
 トンガリ帽子に、ミニスカート。絶体領域を作る、膝上までのタイツ。
 神乃木の拘りで、ぷにぷにのお腹が露わになり、しかも腕を上げでもしたら2つの可愛い果実が覗いてしまう超短丈のボレロ風シャツ。
 成歩堂がハロウィンを十分楽しんだ後は、成歩堂『で』十分愉しませてもらったのは言うまでもない。
 だが、神様が激烈プリティキュートな子供を独り占めしている神乃木にお灸を据えようと考えたのか。
 店をハロウィン仕様に飾り付けている時、成歩堂が件の衣装を着る!と無邪気に提案したのだ。
 神乃木は、ここ最近ない位に焦った。
 ピンチすぎて、笑う所ではなかった。
 幼くても男の子である自覚を持っている成歩堂は、始めスカートを履く事に躊躇いを見せ。
 神乃木が、仮装だから、スカートでも恥ずかしくない。よく似合ってる。そう宥め賺し、誤魔化し、その気にさせたのが今回ばかりは裏目に出た。
 魔女っ子のコスプレ=オカシいものではない。
 成歩堂が着ると、お祭りが盛り上がる。
 そう刷り込まれた成歩堂は、お世話になっているみんなにも楽しんでもらいたい!と考えたのである。
 着てくれて、嬉しい。パーティが一層楽しくなったと誉め千切った言葉に、偽りはないものの。あくまで、神乃木限定が前提・絶対条件。付け加えるのを忘れた神乃木は、もしかしなくても浮かれていたのだろう。
 神乃木と違って純粋な気持ちだけに、ダメだとは言えず。言いくるめて着せただけに、他の衣装を薦める事もできない。
 かくして、神乃木が悩殺KOされたコケティッシュな姿を、常連客のイヤらしい視線に晒す事態に陥ってしまった。




 神乃木の危惧は、ズバリ的中し。
 来る客来る客、成歩堂のエロ可愛さにやられ、店の中はハロウィンカラーの黄色と黒ではなくピンクな空気に染められた。
 成歩堂の手前平静を装っているが、本当は今すぐ成歩堂を布でくるんで撤収したい。
 パシャッ
 ピリピリしている神乃木の耳に、余計苛立たせる物音が届いた。 
「オイオイ、撮影は厳禁。それが今日のルールだぜ!」
 微かなシャッター音を逃さず、神乃木は素早くカウンターから飛び出すと御剣の携帯を奪った。特に危なそうな者については、入店前に撮影媒体を取り上げていたのに―――御剣は、2台携帯を持っていたようだ。
「フ・・メールを作成しようとして操作を誤っただけなのだが」
「優秀な検事さんにしては、下手な言い訳じゃねぇか」
 優秀な検事は、しっかり画素の高い携帯を残していた。神乃木の口角が、更に引き攣る。
 周囲と神乃木の目を盗んで撮ったにしては、パッツリ張った太腿メインの構図といい、パンチラの瞬間を捉えた事といい、カメラ小僧も斯くやの出来だ。
 勿体ない精神で神乃木の携帯へ送信した後に消去し、そのまま没収する。
「横暴な店主だな」
 御剣が不平を漏らしたが、逆パカしなかっただけでも感謝して欲しいものだ。
「クッ・・気に入らないなら、帰っていいぞ。いや、帰っちまえ」
「愚かな事を。誰がこのような僥倖を見過ごすものか」
 わざと挑発してみたのだが、やはりそんな手には引っかかってくれる輩ではなかった。お上品に鼻で笑うと、御剣は成歩堂の元へ戻り、恭しく抱き上げる。
「魔女の下僕に、何なりとお申し付け下さい。どちらに移動されますか?」
「うわー、格好いいですー」
 流麗な動作と語り口に、成歩堂がキラキラした目で御剣を見詰める。
 御剣が一瞬寄越した、神乃木だけに通じる視線が煩わしい。真っ白な太腿に食い込んでいる指を、端から逆パカしたい。パンツ見せるな、と叫びたい。
 悶々とカップ磨きに戻る神乃木は、愛娘に寄ってくる虫を追い払おうとする父親そのものだが。一番の虫は自分自身なのだから、同情の余地はない。
 そして神乃木に追い打ちをかけるように、この後スポットライトを浴びる事となる人物が現れた。