カバーをさっと剥ぎ、御剣は現れたシーツの上へ手付きだけは物柔らかだが抗う暇を与えず横たえた。
「み、御剣・・っ」
先程成歩堂が迫った時よりも更に距離を詰められ、もう御剣の怜悧な瞳を見返す事しかできなくなる。
「おふざけでは困るし、止められても困る」
サラリと零れたアッシュグレイの前髪が、成歩堂の頬を擽る。そして清涼なトワレが、頭の芯を朦朧とさせる。
「私は成歩堂の事が好きなのだから、な」
「―――っっ」
形良い唇から発された言葉に、成歩堂は急いで目を瞑った。奔流のごとくこみ上げてきたものを、押し留める為に。
いつか、その内、聞けるかもしれないと思っていた告白。自分から言う勇気と自信はなかったから、ずっと待っていた。
嬉しい筈なのに。
嬉しいのに。
今夜だけは、言ってほしくなかった。
故に本当に告げたい言葉をひた隠しにし。成歩堂はひたすらに腕を伸ばして、御剣の接吻を強請った。
一夜の夢を、求めた。
まだ夜の明けきれない街は空気が冴え冴えとしていて、余韻を色濃く引き摺った身体には心地よかった。
正直、どんなに御剣が丁寧に優しくしてくれたからといって、初めてで、しかも初めてなのに何度も繋がられては身体への負担は半端ではなかった。歩く度あちこちに鈍痛が走るが、それも成歩堂には大切で。
掻き抱いてくれた腕も。
成歩堂の肌に滴り落ちた汗も。
濃密になった香りも。
達した時の壮絶に艶めいた呻きも。
融けんばかりにぴったりと重なった肌も。
忘れはしない。一つずつ記憶の部屋に仕舞って、これから先御剣以外の手が、肌が、身体が成歩堂に触れた時に思い出そう。
辛くないといえば、嘘になる。
碌に会った事のない父親と、一度も会った事のない兄が不幸な事故で同時に亡くならなければ、御剣との触れ合いを一回きりで諦める必要はなかったのだから。
けれど庶子である成歩堂は、急遽後継者に祭り上げられ。しかも傾きかけた経営を立て直す為、融資の条件として我が身を差し出す事になってしまった。
半分だけ血の繋がっている兄が、いれば。父親が万が一を考えて、兄がいなくなった場合の対処法を予め指示しておいたら。経営が健全であったら。担保に成歩堂を要求されなければ。
しかし、これらのifは何の役にも立たず。
成歩堂は、数多の社員が路頭に迷うのを見捨てられなくて条件を呑んだ。援助を申し出た狩魔グループの後継者と目される人物が、何故成歩堂を名指ししたのかは分からないが。理由など、どうでもいい。
御剣でないのなら、誰だって同じだ。
御剣が立ち上げた会社に就職してから、一年。厳しくて手抜きを許さなくて、しょっちゅうミスをする成歩堂を責め立てながらも、決して見捨てる事がなかった御剣。
最初は反発し会っていた二人だが、目指す方向が同一な事に気付いてから急速に接近し、オンオフ共に親しく付き合うようになった。
好意が、恋情に近いのではないかと考えるようになったのは、極最近。冷酷な印象を与える双眸と冴えた表情が、実はひどく暖かく優しいものになるのだと、御剣は見せてくれて。
だがもう、いつかは御剣と永続的な関係が築けるのではないかという淡い期待は捨てなければならない。今朝を限りに、成歩堂は御剣の前から姿を消す。
このまま会社に寄って私物を整理し、御剣の机に辞表だけを置いて痕跡を絶つのだ。
「月並みだけど、幸せになってほしいなぁ・・」
優しくて少し淋しい、人だから。叶う事なら、その役目は自分が担いたかったけれど。
うっすらと残っている、しかし消え行くだけの月に、ただ祈る。一夜の夢をくれた御剣が、身勝手な成歩堂を一日でも早く忘れてくれるように、と。