初恋wars




 初恋で。
 初恋なのに、相手が男で。
 しかも上司で年上で。
 弁護士資格も剥奪されて、今はほぼニートで。
 悩む所か、誰かに相談したら極めて100%に近い割合で止めなさいと諭される人だったから。
 告白するのには、清水の舞台より高い都庁からノーロープでバンジージャンプをする位の意気が必要だった。
 決してアンテナや角ではない前髪を垂直に押っ立て。血圧が上がりすぎてばったり倒れてしまいかねない程、紅潮し。
 もはや騒音レベルの音量で、
「成歩堂さん、好きです! 付き合って下さいっっ!」
 と叫んだら。
「オドロキくん、童貞でしょ? 面倒臭いから、イヤ」
 なんて、遠回しなのかストレートなのか微妙な拒絶が返ってきた。
 その時は、まるで青春漫画のように涙を飛び散らしながら退出したが。翌日、真っ赤な目で成歩堂なんでも事務所に出勤した王泥喜は。
「イメージトレーニングを100回、ヤってきました! 経験不足は、愛でカバーしますっ。成歩堂さんをイかせるまでは諦めません、絶対に!」
 『充血の原因は失恋して泣いたんじゃなくて、寝不足と興奮なの?!』とのツッコミ確実な、爆弾発言をかました。




 昼夜が逆転している成歩堂は、みぬきを学校に送り出した後が一応事務所の留守番を兼ねたお休みタイム。だから午前中は、余程のトラブルがない限り王泥喜も起こしたりはしない。
 しかしその日は出勤するなり―――イソ弁の勤務開始は、正規より一時間は早い―――ゆさゆさとソファに横たわる身体を動かしたものだから。寝汚さには定評のある成歩堂とて、目覚めざるを得ない。
「・・・みぬきになにかあった・・?・・」
 必死にまぶたを開けながら、問い質したのに。
 王泥喜は『どうどう、褒めて?!』と顔にくっきり書いて、前出の『イメトレでボクも立派な大人☆』理論をひけらかしてきた。この厚顔振りには、あらゆる感情を口元の薄ら笑いでスルーできるようになった成歩堂だって、プチリとキれる。
「あっはっはっ。ドーテーくんが、気合いでどうにかなる訳ないだろ。せめて優しいおねーさんの所でレベルアップしておいで」
 通常より5割増で口角を笑みの形にカーブさせ、5割増に冷ややかな目付きで王泥喜を睥睨する。(王泥喜は何故か床に正座して成歩堂を揺さぶっていた)
「おデコくん。刑法第157条第3項が有罪判決の根拠となった事件が見つかるまで、緊急事態を除いて話しかけるのも半径1m以内に入るのも禁止。じゃ、お休み」
「な、成歩堂さーんっっ」
 ここまで突き放した態度も珍しく、成歩堂の本気度が伺いしれる。王泥喜は尻尾の代わりにツノをしょんぼり垂らし、未練がましくチラチラ寝転がった成歩堂を振り返りながらも、六法全書と判例集を開いた。




 憧れからくる思い込みと、吊り橋効果による若い性の暴走。成歩堂はそんな風に判断し、ベシベシ無碍にしていればその内目が覚めると考えていた。
 ところがどっこい。
 王泥喜のアプローチは激しくなる事はあっても、鎮火の目処は全く見えなかった。
 成歩堂からの課題をヒイヒイ言いながらクリアした王泥喜は、『まずは成歩堂さんに相応しい男を目指します!』宣言をして、猛烈に働き始めた。
 経験不足とドジッ子属性は如何ともしがたいが、素質は十分にあり、素質を開花させる信念と情熱が揃えば。未熟なだけあって、その成長度合いは宛ら雨後の竹の子。後輩が日に日に頼もしくなっていくのは嬉しいが、原動力が成歩堂への想いかと思うと複雑な気持ちになる。
「オドロキくんさぁ・・。若気の至りにしても、キツいものがあるって。大人の階段への踏み台で転けたら、元も子もないよ?」
 前より格段に短い時間で書類を仕上げ、『少しはトキめいてくれましたか?!』と真顔で聞いてきた王泥喜へ、成歩堂は長い溜息付きで答えた。
「大丈夫です! 俺は初恋も叶えてみせますっ!」
「―――ぇえ?」
 そして極々気軽に、さらりと告げられた事柄に、溜息が途中で凍り付いた。まさか王泥喜が、初恋『も』未体験だったとは。
 飾らない真っ直ぐな精神は、同年齢や可愛い物好きのお姉さまから好印象を抱かれる筈。だから、それなりの交際はしてきても元来の生真面目さが一線を越えるチャンスを逃してきただけだと、成歩堂は思っていた。
 一体誰が、二十歳過ぎのイロイロお盛んな若者が十以上年の離れたオッサンを、初恋と初体験の対象にするなどと想像できようか。
「初恋くらい、可愛い女の子がよかったんじゃないかなぁ・・」
 今更の感はあるものの、しょっぱすぎて、不毛すぎて、つい呟いてしまった。しかし今日の王泥喜はトコトン意外性を演出するつもりなのか、再度衝撃告白をする。
「いやぁ・・俺、ずっと恋とか愛とかってモノが分からなくて。このまま三十過ぎて、魔法使いになるのもイイかなって思ってたんですよー」
「・・・・・」
 アッケラカンとした表情と物言いだったけれど、この時、成歩堂の心はすっと冷えた。