大丈夫じゃありません




「・・・まぁ、いいか」
 王泥喜の吐露に動揺した様子もなく、成歩堂はあっさり流した。
 まだまだポーカーフェイスを修得していない王泥喜故、己へ向けられる想いにはかなり前から気付いていたし。気付いたからといって、面と向かって告げられた訳でもないので、応える必要もない筈だし。
 今の雄叫びは、確かに告白だったものの。王泥喜は緊張が途切れたのか、叫ぶだけ叫んで答えを求める間もなく眠りへ落ちてしまった。ならば、やはり応える義務はないだろう。
 そもそも―――。
「僕は、呑んだ時の言動はノーカンって主義だから、さ」
 緩くカーブした口元に浮かぶのは、酸いも甘いも噛み分けた大人の微笑み。
 深層意識がこれだけハッキリ表に出てきたという事は。アルコールが抜けた後、ガスも抜けてすっきりとした王泥喜の記憶が残っている確率は低い。もし覚えていたら覚えていたで、面白い反応を示すのは間違いないし。
「良い夢見て、また明日から頑張るんだね。王泥喜くんがどんな風に成長するのか、楽しみにしてるよ」
 穏やかな寝息を立てている頭をそっと撫で。成歩堂は、王泥喜を引っ付かせたままソファへ横たわった。
 色んな意味で、明日を楽しみにしながら。




「オドロキさん! これは一体どういう事ですか!?」
「事と次第によっては、私の鉄拳が炸裂しますよ!」
「・・・ぅ、う・・・」
 翌日。目覚めた王泥喜を待ち構えていたのは、頭痛でも胸のむかつきでもうっかり持って帰ってきたカラーコーンでもなく、もっと恐ろしいものだった。
 きっと眦を吊り上げ、可愛らしい顔を精一杯険しくして睨むみぬき。握った拳をもう一方の掌に打ち付け、細腕に似合わぬ強く鋭い音を発する心音。どちらか一人でも王泥喜には中々太刀打ちできないのに、二人に結託されては選べる道は完全降伏のみ。
 覚醒した瞬間の、三十路を越えてもどこか稚い顔が視界一杯に広がり。尚かつ成歩堂を抱き締めていると知った衝撃と凄まじい幸福感は、軽やかな足音と共に扉が開かれるまでの僅かしか続かなかった。
 あと五分。いやせめて十分は堪能したかったと現実逃避気味に思う王泥喜。
 記憶は、みぬきから手品の助手を仰せつかってグラスに注がれていた液体を飲み干した所からブツリと途切れた。何だか、切ないような苦しいような安らかなような夢を見た気がぼんやりするけれど、曖昧すぎて形を成さない。
 現状から判断すると、ソファで成歩堂を抱き締めながら一晩を過ごしたみたいだが・・・一体、その間にどんな出来事があったのか。
 我が身の安全を考えると、何もなかった方がいいし。でも王泥喜の本心としては、多少の危険と引き替えでも成歩堂との仲を発展させたい。いや、発展した事を望む。成歩堂が夜を越えても隣にいるのは、吉兆の筈。
「・・・ん・・」
「成歩堂さん?」
「パパ?」
「成歩堂さん、大丈夫ですかっ!?」
 唯一答えを知っていると覚しき成歩堂へと六つの目が向けられ。タイミング良く、成歩堂が身動いだ。
 が―――。
「うう、腰が痛い・・・」
「「「!!!」」」
 ピアノを弾けないピアニスト時代をちょっと思い出させるような妖しい気怠るさで、思わせぶりに呟いたものだから。
 『酔った勢いで本懐を遂げたのか!?願ったり叶ったりだけど記憶にないなんて悲しすぎる!』と王泥喜は喜んでいいのか哀しんでいいのか、これからの事を考えて青ざめた方がいいのか、パニックに陥り。
「オドロキさん・・・よぉく、話し合う必要がありそうですね」
「みぬきのパンツくん、消せるのは1mまでっていう制限があるんだけど・・・。うん、半分にすればいいか!」
 心音とみぬきは、ニッコリ笑った。表情と、背後に沸き上がらせた暗雲の温度差はそれこそ天と地程に激しく。二人が王泥喜をどちらの方へ導こうとしているかは、明らか。
 ―――目覚めた成歩堂が種明かし(ソファで寝たから腰を痛めた)をするのは、もうしばらく後の事だった。