大丈夫じゃありません




 お酒の勢いで、とはよく聞くけれど。アルコールの後押しがなければ、そのまま葬りさられた物事が多々あるのも事実。




「誰だよ・・王泥喜くんにお酒を呑ましたのは・・」
「やだなぁ、成歩堂さんっ! 俺はぁ、大丈夫でぇすっっ!!」
「いやいや、全然大丈夫じゃないから」
「ほら、ツノだって二本ピンと立ってますよぉ」
「ツノって自分で認めるんだ・・」
 腰に両腕を廻され。腰骨の辺りに突っ伏して戯れ言をほざく王泥喜を引っ付けた状態で座る成歩堂が、大きな溜息を零した。
 週末の金曜日。御剣検事局長との打ち合わせを終え、就業時間を少し過ぎた頃に事務所に戻った成歩堂が見た光景とは、すっかり出来上がってソファで引っ繰り返る王泥喜だった。顔は秀でたおデコまで真っ赤で、スーツと同じ色になってると思ったのが最初の感想。
 気を取り直して状況を把握するべく周囲を見回しても、事情を知っていそうなみぬきと心音はおらず、その代わりテーブルに、
【ココネちゃん家でお泊まりの女子会をしてきます。パパ、淋しくても泣いちゃダメだよ? あ、手品が失敗してオドロキさんにウォッカを呑ませちゃいました☆】
 とのメモが。
「あはは、みぬきの仕業か。しょうがないなぁ」
 事態の元凶が溺愛しまくりの愛娘だと判明した途端、成歩堂の顰め面が激変した。
 どんな手品を実験して、どんな失敗をすれば王泥喜がウォッカを呑むのか、なんて気にもかけない。みぬきから頼まれたら、どんなものでも消してしまう方のマジック・パンツに入る事以外なら一つ返事で頷くだろう。
「さて、王泥喜くんをどうするかな・・」
 みぬきと心音がいる場合は、二人への悪影響を考慮して一刻も早く王泥喜の酔いを覚まそうとするけれど。いないので、成歩堂の天秤は『放置』へと傾く。
 王泥喜はそこそこ酒に強いから、ウォッカを一瓶まるまる空けたのでなければ数時間で素面に戻る筈。そう判断したのだが―――どうやら、今回ばかりは読みが外れそうだった。ぎゅうぅっとウエストが締め付けられ、成歩堂の顔色まで変わる。
「成歩堂さん、成歩堂さーんッ・・俺、俺・・大丈夫、じゃないですぅっっ!!」
「うーん、そうみたいだね。分かったから、ちょっと力を緩めてほしいな。王泥喜くん、小さいのに怪力だからさ」
「異議あり! 俺の成長期は二段構えです!! すぐに成歩堂さんを追い抜いて、お姫様抱っこで俺達の愛の巣へ入りますから!!!」
「えええ、思ったより重症かも。救急車を呼んだ方がいいかな」
 いつにも増して支離滅裂な発言に、初めて成歩堂が心配そうな表情をする。
 口説き紛いで妄想混じりの台詞を発する程、アルコールがまともな思考を奪っていると判断したのか。または、奥に潜む真意を察知していながら敢えて聞き流し。あくまで、ただの呑み過ぎた酔っ払いとして扱う事にしたのか。
 それは、成歩堂本人しか知らない。
「ほら王泥喜くん、しゃっきりして」
 しばらく観察した後で寝かせれば何とかなるだろうと判断した成歩堂は、王泥喜を仮眠室のベッドへ運ぶ事にした。
 しかし、ここで問題が。身長こそ成歩堂より低くても、毎日発声練習の他に身体の鍛錬もしている王泥喜の筋肉量はかなりのもの。インドアなりに気張ったけれど、王泥喜の協力なしでは到底動かせそうにない。
「ええええ、どうぜ俺はグダグダですよぉ・・」
「ギ、ギブ、苦しいって(汗)」
 しかも成歩堂の発破は逆効果だったらしく、余計落ち込んだ挙げ句、洒落にならない程成歩堂への抱き付きを激しくしてきた。内臓なんて勿論鍛えていない成歩堂は早くもビリジアンになり、王泥喜の腕をタップする。
「俺ってヤツぁ、全然成長してないっ!」
「王泥喜くん・・・」