「えーと。良い事でも、あったのか?」
なるべく窓の方を見ないようにしながら、成歩堂はシャンパンをチビチビ飲みつつ聞いてみた。
シャンパンにも詳しくない成歩堂だが、記憶に間違いなければ、御剣が開けたボトルには『Dom Perignon』と綴られていた。
定価ですらお安くないのに、ホテル価格では何倍の値段を請求されるのかと考えると、他人の懐とはいえガブ呑みなんて出来る心境ではない。
レストランで豪華なディナーを取った後、
『まだ時間はあるのだろう?』
との誘いに、いつも流れでホテルのバーへ行くのかと思いきや。
連れてこられたのは、成歩堂が一度も足を踏み入れた事のない――また来たいとも思わない、高層階のエグゼクティブルームだった。
この時点で、一度は形を潜めていた疑問が再燃する。
すなわち、『まるで女の子を口説く時のシチュだよな』との。
自分が特別扱いされていると自惚れてしまうような高級ホテルに、ムード満点のレストラン。雰囲気に酔った後で連れてこられるのは、豪勢なスィートルーム。
部屋に備え付けのミニバーで饗されるのも、かなり値の張るお酒とくれば。
女の子なら、相手から向けられる好意に気付かない訳がない。
だが、成歩堂は男だ。
そして御剣は、親友だ。
だからこんな振る舞いをするのも、何か喜ばしい事があって、誰かとそれを分かち合いたいのだと位しか思い当たらなかった。
「……何故、そう思うのだ」
ピク、と御剣の手が揺れ、グラスの水面が波打つ。
心なしか、眉間の縦皺が1本増えたようだ。
「だって、いつもより店のランクが上だから。祝いたい事でもあるんじゃないの?」
思ったままを告げると。
「前祝いというか、慶事になればよいのだが……」
先刻成歩堂の喋り方を指摘したのを棚上げして、不鮮明な呟きを漏らす。
「え?何?」
聞き取れなかったらしい成歩堂が、ソファから身を乗り出す。
ほんのり桃色に染まり始めた顔を、無警戒に近付ける。
すると何故か、御剣が目に見えてピキンと凍り付いた。
「…な、成歩堂!」
硬直した後、手に持っていたグラスを、割れるんじゃないかと心配してしまう位勢いよくテーブルの上に置いて。ブルブルと胸のフリルも一緒にはためく程激しく震えながら、何だか上擦った声で成歩堂を呼ぶ。
「ど、どうしたんだよ、御剣」
突然の挙動不審に酔ったのか?と様子を窺うが、酔っぱらっているのとは違う気がする。
御剣はソファに腰掛け直し、背筋をピシッと伸ばすと、酷く深刻な表情で成歩堂と対峙した。
真面目な雰囲気につられて、成歩堂も姿勢を正す。
そして、御剣は。
「好きだ」
成歩堂の双眸をしっかり見据えながら、そう告げた。
「何が?」
ガンッ!
成歩堂の第一声に、御剣が派手な音をたててテーブルに頭を打ち付ける。
「御剣?! おい、大丈夫か?」
成歩堂のリアクションは、そちらのアクシデントに対する方が大きかった。慌てて駆け寄り、額を抑えて唸っている御剣を気遣うように覗き込む。
「『何が』とは何だ! どうして、そんな返答になるのだ!?」
御剣は成歩堂の優しさを感謝する所か、恐ろしい迫力の三白眼でギロリと睨み付けてきた。
しかし成歩堂には何故御剣が怒っているのか、何故自分が咎められているのか、全く、さっぱり理解できていない。
「どうしたんだよ、御剣?」
「どうした、ではない!私の告白をちゃんと聞いていたのか?」
「――告、白?」
きょとんと、繰り返す成歩堂。
ここに至ってもまだ分かってない成歩堂に、焦れた御剣はがっちりと両肩を掴み、もう一度『告白』した。
「好きだ、成歩堂。私の恋人になってくれ」
「――――」
流石の成歩堂も、『何?』とは聞き返さなかった。その代わり、先程の御剣など比ではない位、固まった。
5秒。
10秒。
20秒。
呼吸すら止まっているようなので、御剣が不安になりかけた頃。
「え…?」
ようやく、こぼれ落ちんばかりに見開かれていた瞳が、瞬いた。
「ぇぇえええっっ?!」
次いで迸った絶叫は、完全防音のスィートルームが完璧にブロックしてくれた。