『成歩堂。今週の金曜日、食事に行かないか?』
事の発端は、御剣のそんな何気ない誘いだった。
「ああ、いいよ。何時位にあがれそうなんだ?」
スケジュールさえあえば仕事帰りに飲む事は珍しくなかったから、スケジュールを確認した後、成歩堂も気軽にOKを出した。
『では、6時半に事務所へ迎えに行く』
いつものパターンなら、どこかで落ち合っていたから。
『車で来るなんて、帰りは代行かよ。相変わらず贅沢だな』と頭の隅で思ったけれど、成歩堂はそれ以上深く追求する事もなく、電話を切った。
――御剣の一大決心など、当たり前だが全く知らないまま。
誘った方が店を決める、という暗黙の了解が二人の間ではできていて、プラス会計も誘った方が多目に支払う事もあって、それぞれの懐事情から成歩堂は主に庶民御用達の居酒屋をチョイスし。
御剣は、成歩堂にはまだまだ縁遠いセレブ御用達の高級店ばかりに成歩堂を連れて行った。
『確かに美味いんだけど、ちょっと肩が凝るんだよなぁ…』
車が止まった所は成歩堂でも知っている一流ホテルで、成歩堂は終業時に緩ませていたネクタイを再び締め直し、車から降り立った。
何で仕事以外でも気を張らなくちゃいけないんだ、と思う部分もあるが。
御剣から誘う場合は殆ど勘定をもってくれたし、一流の弁護士を目指すなら普段から『一流』と接する必要があるとの御剣の持論と――多分、親切心を成歩堂は理解しているから。
文句を言わず、御剣の後に付いていった。
のだが。
「何か、気まずくないか…?」
案内されたテーブルに着席し、ウェイターが下がるや否や、成歩堂は囁かずにはいられなかった。
「何が気まずいんだ?」
「いや……何と言うか、アレというか」
平然とメニューを眺めている御剣に聞き返され、思わず口籠もってしまう。
この『ピンク』な雰囲気が気にならないなんて狩魔の修行の成果なのか、と皮肉ってしまう成歩堂に罪はないだろう。
何しろ、決してお安くはないと分かる広いレストランはほぼ満席で、しかも見渡す限り男二人連れで来ているのは成歩堂達だけ。
後は見事に、男女のカップルばかりなのだ。
しかもそれぞれのテーブルで紡ぎ出される空気は一様に桃色で、中には食事そっちのけで『二人の世界』を造り出しているカップルも多数いる。
飛び交うハートと濃密な甘ったるい空気は、前菜も食べていないのにデザートをたらふく食べさせられたような気にさせる。
「アレでは、意図が伝わらない。正確な日本語を話したまえ」
『そのようなアレは困る』なんてぬかしたのは、お前の方だろ?!と、声高に突っ込んだら周囲の顰蹙を買うのが予想できた(意外と)一般人の成歩堂はぐっと堪えて、
「はいはい、以後気をつけます」
へらっと御剣の小言を流した。
いかにも『あわせました』的な返答に、御剣は片眉を吊り上げたが。
これまた珍しくそれ以上咎めるでもなく、ウェイターを呼ぶ為、いかにも物慣れた仕草で手をあげた。