好きだった。
好きになって、しまった。
浅ましい想いを、幼馴染みであり、親友であり、恩人であり、大切な者に抱いた。
『それ』を過ちだと、封じたが。
過ちと思い込んだ事こそが誤りだったと気付いたのは、何年も後。
三年振りの執務室は以前のものより広く、豪華になっていた。
こうなる事は長期海外研修を受けた時から分かっていた為、白々しい質問で時間を浪費せず、御剣は光沢を放つデスクへ鞄を置いた。
帰国と同時に『上級』検事の肩書きが付き。仕事と人付き合いを無難にこなしていれば、定期的に役職が上がっていく。途中、権力者と血縁を結べば飛び級も可能だ。
事細かにタイムテーブルが作られた、予定調和のエリートコース。
研修は、その分岐点だった。
司法を一生の仕事に選択したものの、無為に地位だけ高める事を求めていなかった御剣は、出世の登竜門である研修を辞退しようと考えていた。遠回りになっても、己の良心に悖る事なく進んでいきたい、と。
御剣の決意が、突如覆った理由は―――大切な友を穢す想いに気付いたから。
最早何が切っ掛けかは覚えていないけれど、ある瞬間、成歩堂に激しい劣情を抱いた。
友情や敬慕より遙かに強く、生々しく、剥き出しの希求。
無防備に近付く肢体を抱き締め。
尖った髪型を、汗で撓らせ。
感情の豊かな黒瞳を悦楽で潤ませ。
気安く『御剣』と呼ぶ唇を、腫れるまで貪りたくなった。
『御剣、どうした? 怖い顔して』
無意識に成歩堂の腕を掴んで距離を詰めた御剣を不思議がる言葉で、危うく正気を取り戻したものの、ぞっと総毛立った。
何を、しようとしたのか。親友に対して。
それも、同性の。
御剣は恐ろしくなり、また己を嫌悪した。
成歩堂を下世話な肉欲で貶めるなどあってはならないと、自覚したばかりの恋慕を否定した。
そして海外研修を承諾し、旅立ったのである。
数年離れれば、この想いも消滅するだろう。
いや、消してみせる。
元通り、親友として成歩堂の元へ還るのだ、と心に誓って。
海を渡ってから数年。成歩堂とは一度も連絡を取らずに過ごした。御剣の携帯は海外では使えなかったし、研修も職務の一環だからと場所や期間の詳細は箝口令を敷き。
物理的にも精神的にも距離を置いた所為か、今では情欲に引き摺られずに済む自信がある。
故に、御剣は話の流れとして決して不自然に聞こえないタイミングを見計らって尋ねた。
「そういえば、成歩堂は相変わらず切羽詰まった弁護をしているのかね?」
と。
帰局後まもなく執務室を訪れた狩魔冥と仕事の打ち合わせを一時間程し、仕事関連の近況を確認していた合間に発した質問は。
御剣の職務に否が応でもかかわってくる存在で、プライベートでも交友がある事は周知の事実だから、何ら特別でも可笑しくもない筈だった。
なのにそれまでクールかつ事務的に、また完璧に受け答えしていた冥は、ピタリと動きを止めた。強張った、という方が正しい表現かもしれない。
「メイ?」
珍しい反応に、注意深く彼女の機微を追う。
―――置き去りにした過去が、音もなくすぐそこまで忍び寄って来ていた―――
冥は。
長い付き合いの中でも初めて見る、不可思議な表情を御剣に向けていた。
痛みを堪えているような。
失った宝物を惜しむかのような。
御剣を憐れむような。
何故そんな眼差しをしているのかが分からなくて片眉を上げれば、冥は朱く塗られた口唇から小さな溜息を漏らした。
「あの馬鹿は・・・もう、弁護士じゃないわ。資格を剥奪されたの」
「何、だと・・!?」
衝撃は、凄まじかった。