Nonalcoholicで愛して




 御剣と『恋人』という関係になってから、半年。
 正直成歩堂は、御剣をどう扱ってよいのか悩んでいた。




 そもそも半年前まで、少なくとも成歩堂の方は御剣を親友としか思っていなかった。
 それが一気に崩れたのは、御剣の家に誘われたとある夜。広さと綺麗さの点から、成歩堂の家より御剣の所へ行く割合が多かったけれど、二人にとってはお互いの部屋で話したり呑んだり止まったり、は極々普通の事。たまに矢張が乗り込んできたりもして、旧交を楽しく暖めていた。
 しかし、その夜は違った。御剣の態度が、顕著に。
 緊張していて、気合いが入っていて、緊張していて、挙動不審で、緊張していて、やたら意気込んでいて。
 およそ法廷でも見掛けない姿に、当然ながら成歩堂は疑問を抱く。何かあったのかと問うても、意味不明な言葉を返すばかり。しかも悩みの所為なのか、如何にも高級そうなワインを1本・2本・3本・・と次から次へと空けながら。
 そして、空ボトルが片手で収まらなくなった頃。
 やっと御剣の考えが判明したのだが。
 成歩堂もそれなりに酔っていなければ卒倒していたかもしれない、怒濤の展開だった。
 端的に言えば、今まで親友だと思っていた相手に押し倒されたのである。仰天したし、制止を試みたし、怒鳴りつけもした。また、見掛け以上に重い身体が力一杯押しても動かない事に、ショックを受け。
 混乱と衝撃の極みに至った成歩堂の思考が少し冷えたのは、皮肉にも御剣の言葉。御剣は酔っている事を疑いたくなる器用さで成歩堂の衣類を剥ぎ取りながら―――切々と、熱く、真摯に、口説いてきた。
 羅列された台詞の数々は、普段からクサイ言動が多いゴドーでも口にしないような類で。
 突然幼馴染みの親友から愛を囁かれて愕然としている間に、そのようなアレはどんどん進み。脳内で『オマエどうしちゃったんだ!? 鳥肌立つぞ!!』と激しくツッコんでいる場合ではない、と成歩堂が我に返った時にはもう、退っ引きならない状況に陥っていた。
 斯くして。ほぼ一晩中、妙に手慣れていた御剣に翻弄され続けた成歩堂が目覚めて初めに見たものは。それこそ卒倒寸前に青ざめている、御剣のドアップ。ツッコミの代わりに、頭を叩いた成歩堂を責める者はいない。
 狼狽しきってひたすら謝罪を繰り返す御剣を落ち着かせるまで、30分。口籠もり、躊躇し、要領を得ない話を四苦八苦して繋ぎ合わせる事1時間。
 纏めると、『かなり前から劣情込みの想いを抱いていて、同じ期間告白しようと考えていたのだがどうしても出来ず。昨晩、酒の力を借りてみたら勢いがつきすぎて暴走した』だった。
 もう一発殴る気も失せる、ヘタレぶり。女性と交際した噂は聞いた事がなくても、人気がある事は知っていたし。暗黒時代は権力を手に入れる為に大人の付き合いを熟した話も、信憑性の高い人物から聞いている。
 腹が立つ程、成歩堂より実体験は多い筈なのに、成歩堂でもしない致命的なミスを仕出かす御剣を、ヘタレ以外で表現する事は難しい。脱力し過ぎて、同性から懸想されていた点とか同性と関係を持ってしまった点も遠くへすっ飛んでいった。
 起こってしまった事は、どうしようもないし。
 女性の代わりにされた訳でもないし。
 遊びではなさそうだし。
 相手が、御剣だし。
 と、御剣に関しては前向き思考の傾向が多々ある成歩堂は、結構重要な問題をあっさり流し。
 しかし、これだけはハッキリさせた方がよいだろう。
「・・・で、謝罪の他に言う事は?」
 御剣の気持ちは、昨晩歯が浮く台詞で熱烈に告げられたけれど、所詮酔いに任せたモノ。酒の所為にして流すなら兎も角、最終目的が別にあるのならケジメは必要。あらぬ所の痛みと、全身の筋肉痛をやり過ごす為にも。
「成歩堂―――」
 未だ蒼白のままながら、御剣は表情を引き締め。寝乱れの酷いベッドの上で、何故か正座し。深呼吸の後、唇を開いた。




 ヘタレにしては頑張った告白から、半年。
 やはりヘタレはヘタレだった。
 半年前、御剣と成歩堂は恋人になった筈なのに。恋人らしい雰囲気―――厳密に言えば接触―――が一切、ないのだ。キスは疎か、ベッドインなどおそらく緊張の余り失神するだろう。手を握る、なんて基本中の基本すら仕掛けてこない。
 何だその昭和並の初心っぷりは!?、と何度ツッコミかけた事か。以前と変わった所と言えば、成歩堂を前にして赤くなったり挙動不審になったりモゾモゾしたり、ああ意識しているんだなぁと思わせる素振りのみ。
 逆にその動揺がなかったら、あの一夜は夢か幻か疑っていた所だ。
 強調したいが。元々ノーマルな性癖だった成歩堂故、御剣とそのようなアレに縺れ込みたいなんて思っている訳ではない。まず『彼氏』がいるという事象になかなか慣れないのだから現実的な接触はハードルが高く、御剣がヘタレているのは正直助かる。
 ただ、半年前の情熱的で積極的で世慣れた御剣を知っているから、ギャップの凄さにもツッコミたくてウズウズする。
 そして、半年と一週間後。
 値段を聞いて成歩堂が蟀谷へ青筋を浮かべたワインを一杯、飲み干した御剣は。半ば据わった眼で成歩堂を見据えたのだった。