ミツナル

The mystery is mysteriousA




「糸鋸刑事と、食事をしたそうだな」
 腕組みをし、見下ろした御剣の表情がよっぽど険しかったのだろう。
「うわっ、ゴメンナサイっ!」
 ソファにぼけっと腰掛けていた成歩堂は、御剣を仰ぎ見るなりサアッとビリジアン色になって、訳も分からないまま正座して謝り。
 その後で、
「え?食事?」
 と、首を傾げた。
「理由も判明していない内から謝罪するとは、どういった了見だ?弁護人!」
 とりあえず謝っちゃいました☆という矢張並のいい加減な態度に、眉間の溝が深まり、蟀谷に青筋が浮かぶ。
「いや、御剣がすっごい形相してたから、恐くてつい・・・」
 火に油を注いだらしいと、一層厳しい顔付きになった御剣へしどろもどろに言い訳するが。それは、火にジェット燃料を投げ入れるのに等しい愚行だった。弁解の余地もなく、墓穴である。
「ほう。貴様は、恋人の顔を『恐い』と称するのか。何と心ない仕打ちだ。私は哀しいぞ」
 恋人を貴様呼ばわりするのは心ある仕打ちなのか突っ込みたかった成歩堂も、それを実行したら地獄門が開くのは自明の理だったので、ぐっと堪えた。
「いやいや、表現が悪かった。ゴメン。すっごく整ってる顔だから、凄まれると迫力があるんだよ!驚いただけだって。・・・僕、御剣の顔 好きだし」
 最後の一言はやや音量を抑えて、わざと視線を反らし気味にしながら早口かつ一部分を強調して紡げば。機嫌を取る為だとは勘付いていても、恋人からの『好き』という呪文は効力を発する。
 罅が一本減り、三白眼もいつもの涼やかさを取り戻し、背後に立ち籠めていた暗雲も、漆黒から薄墨色にまでトーンダウンする。
「話が逸れたが、糸鋸刑事に食事を奢ったそうだな?」
「やたぶき屋のラーメンの事? 何かマズかった?」
 雰囲気は緩和されたものの尋問までは有耶無耶にならなかったので、多少引き攣りながらも、成歩堂は愛想良く笑ってみせた。
 対する御剣は愛想の『あ』の字もなく、尊大に指を振ってみせる。
「貴様にそういう意図がないのは、承知しているが。糸鋸刑事が貴様に便宜を図っているのは周知の事実なのだから、痛くもない腹を探られるような真似は極力避けたまえ」
「・・・・・・」
 事実無根の糸鋸はともかく。
 探られたら痛い所か、身の破滅になりかねない御剣と成歩堂の関係はどうなんだ?と、成歩堂は45°以上に首を傾けたが。窺い見た御剣の様子からすると、この異議は即時に却下されるに違いない。おそらく、実力行使付きで。
 昨晩の疲れも抜けていない現状では、そればかりは御免被りたかった。
「いくらイトノコさんでも、700円のラーメンで買収されないとは思うけどねぇ。ま、御剣の言う事も一理あるから、これからは気を付けるよ」
 たかだか3桁の金額で疑われるのは、確かに忍びない。
 疑念を抱くのは、約一名。
 腕を組んでやや踏ん反り返っている御剣だけだとしても。
「その代わり、イトノコさんの査定、あんまり厳しくするなよ?」
 手を絡ませて引っ張り、未だ立っている御剣を隣へ座らせる。
「糸鋸さんは、真犯人逮捕に貢献してくれたんだからさ。それに、お前の為に一所懸命に働いてるじゃないか」
「・・・・・・」
 ニコニコと純粋な好意で糸鋸を取りなす成歩堂に、今度は御剣が突っ込みを飲み込んで沈黙した。
 糸鋸の、御剣へ向ける気持ちと、成歩堂へ抱く気持ちには重大な差違があるのだが、その事を敢えて持ち出すつもりはない。
 成歩堂に気付かせたくはないし、もし成歩堂が既に気付いていたとしたら―――御剣の妬心が、浮き彫りになってしまう。
「ム・・・善処しよう」
 故に、御剣は重々しく頷いただけだった。




 恋人に懸想する輩を排除するという目論見は、果たされたが。
 どうにも、恋人の思うように動かされている感が拭えない御剣であった。