魔女裁判




 足元から、沸々と昂揚が這い上がってくる。
 成歩堂と対峙した時にだけ味わえる、熱。
 御剣は膨張し続ける滾りに促され、指が深く食い込む程、成歩堂の顎を再度捕らえた。
「魔女裁判を開こうと思ってな」
「・・・ふぅん・・」
 黒目がちの瞳が一度、瞬く。独特の眉が潜められているのは、あくまで指の力が強すぎる所為。
「それで、この部屋か。でも超常現象の類を信じないオマエが、魔術だけは肯定するのか?」
 趣旨替えか?と皮肉ってやれば、せせら笑いですら様になる男は口角を歪めて睥睨した。
「そんなモノはどうでもいい。―――今宵は貴様の本心を、暴く」
 視線が具体的に効力を有したら、ものの数秒で灼き殺されそうな位に強く、鋭く、威圧的な眼力。
 検事局の中では、あまりの冷徹さに鉄面皮と仇名され。御剣と密室に2人きりで閉じ込められたくなくて、早々と自供する容疑者がいたエピソードは有名だった。
 絶対零度の眼差しではあるが、成歩堂は冷たく感じる事は殆どない。その逆で、冴え冴えとしていても酷く熱い印象があった。
 怖れたりも、しない。
 下から挑発的に睨め上げるのが、その表れ。
「それはまた、ご大層な事で・・・。けど、この衣装の意味は?」
 拷問は、魔女裁判に付き物で。模倣とはいえ、この部屋なら道具に事欠かないのは納得できる。しかし、意識のない成人男性をわざわざ着替え―――それも、女装―――させる必然性はどこにあるのだろう。
 その疑問へ、御剣は眉一本動かさず、端的に回答した。
「私の趣味だ」
「無駄に潔く言うなよ・・」
 流石の成歩堂も、今までの張り詰めた雰囲気はどこへやら、ガクリと項垂れる。同性の成歩堂に手を出している時点で、御剣がノーマルとは言い難い性癖なのは承知しているが・・・まさしく御剣にとって趣味と実益を兼ねた審問になりそうだ。
「私の見立てに間違いはない。よく、似合っている」
「だから、褒められても嬉しくないって」
 鞭で首筋から鎖骨、肩、肋骨、ウエストをなぞっていき、ねっとりとした目付きでそれを追う。成歩堂はガチャガチャと鎖を鳴らして身体の向きを変えようとしたが、顎を固定されたままでは大した抗いも出来ない。
「貴様は、吐く言葉と本心が合致しない事が多すぎる」
「・・・っ・・」
 唇が触れ合わんばかりに顔を寄せ、御剣が囁きかけた。鞭の方は短いスカートの裾に到達しており、そこから上へ戻りつつある。しかし布の外側ではなく、内側に潜り込んでいた。
 剥き出しの太腿と鼠蹊部、臍の下と、最も感じ易い部分の周囲で円を描くように異物を押し付けられ、成歩堂が息を呑む。
「善がり狂うのに、本意ではないと嘯く。嫌だと喚いているのに、身体は私を離さない」
「・・っ、く・・ぅ・・」
 漲っていない鞭は柔らかい感触のまま肌に纏わりつき、成歩堂の神経を逆撫でる。奥歯を噛み締めて声が漏れないようにしたが、呼吸が次第に乱れてくる事までは抑えられなかった。
 弱点を効率よく攻めていく御剣は、仄かに朱く染まった目尻をゆっくり舐め、成歩堂が羞恥と悔しさで睨み付けてくると愉しげに笑った。
 切れ長の瞳にも、荒々しい光が浮かんでくる。
 劣情の、前触れだ。
 普段は性欲なんて下世話なモノから隔絶されています、というような潔癖さを保っているのに。極希に、生々しい雄の渇望を垣間見せる御剣。
 ひた、と熱を孕んだ眼差しで成歩堂を見据え、御剣が淡々と告げる。
「さぁ、裁判を始めようではないか」
 聞こえる筈のない木槌の音が、どこかで鳴った。




 御剣も、成歩堂も。
 過去に行われた『魔女裁判』についての知識はある。
 魔術などとは全く関係のない、私利私欲で仕組まれた出来レース。
 拷問するのは、偽りの告白を引き出す為で。
 無実である事を、裁く者、裁かれる者、双方が知っていても。
 両者とも、結果が有罪になる事を理解している。
 意味のない、形式だけの裁き。




 あられもない嬌声を上げながら、成歩堂は胸の内でひっそりと嘲笑う。
 精々、冷たい偽りの響きに心を凍てつかせるといい。
 御剣が、御剣こそが、ひた隠しにしている言葉を吐露しない限り。
 成歩堂もまた、偽証が『正に反している』事を告げる気は、ない。