魔女裁判




 それは、やけに重い目覚めだった。
 眠りに足を捕まれ、また深淵に引き戻されるような。
 寝意地の張っている成歩堂は、そのまま微睡みに抱かれていたかったのだけれど。
 どうしてか、起きなければならないような気がして。
 また、腕の辺りが妙に痛い気がして、嫌々ながら覚醒した。




「!?」 
 焦点があった視界に飛び込んできたのは、以前裁判の資料で目にした事がある、特異な性癖をもつ人々の御用達だという部屋を彷彿とさせる赤と黒の装飾。
 壁にかけられた、おどろおどろしい小物と絵と写真。
 右端のオブジェは、子供の玩具を模した、子供には到底使わせられない木の馬。
 部屋の中央に据えられた天蓋付きのベッドには光沢を放つ黒いシーツが敷かれ、天井からも、四隅の支柱からも鎖付きの枷が伸びている。
 サイドテーブルの天版が見えぬ位に並べられた、詳しくは知らなくとも如何わしいモノである事だけははっきりしている、道具類。
「うわっ!」
 カシャン
 幻覚である事を祈って目を擦ろうとした成歩堂の耳に聞こえたのは、空気をも凍らせてしまいそうな冷たい金属音。
 それと同時に強い抵抗を感じ、嫌な予感を覚えつつ視線をずらせば―――肱まである黒の手袋に包まれた成歩堂の手首にはガッチリ枷が填められており、バンザイよりやや広い形で上方に固定されていた。
「は? ぅえ?」
 大きなボード紛いへ張り付けられていた事にも、驚愕したが。
 黒の長手袋??と成歩堂のクローゼットにはないアイテムが肌を粟立たせ、焦って己の身体を見下ろした成歩堂は、二度、驚いた。
 肋骨の付近までしかない、黒のベストを素肌に着て。
 派手に動いたらすぐその下が見えそうな、際疾い丈のスカートを履いて。
 手袋と同じ材質と思われる靴下だかタイツだか、名称が思い浮かばない代物は、太腿の半ばまで覆っていて。
 これだけなら、何の衣装か皆目検討もつかなかっただろう。
 もしや、『魔女っ子』のコスプレではないかと推察した根拠は、トンガリにのせられた、三角形の黒いとんがり帽子。頂点から5p位の所で折れ曲がり、丸いボンボンがついている。
「いやいやいや、何だコレ・・」
 いつしか着せられていた服のコンセプトが判明したからといって、現状の打開にも解決にもならない。
 成歩堂は極力左側を見ないようにしながら―――その先には、被っている物体を教えてくれた姿見があったりする―――まず、拘束から抜け出せないか試みた。
 恥辱極まりないコスプレを優先させたい気持ちは非常に強いが、枷が外れれば着替えも出来る、と己を説得して。
 どうやら体重を腕だけで支えなくていいように腰回りへ巻かれている幅広のベルトは、簡単に取れそうだ。そんな気遣いがあるのなら、そもそも論として人を張り付けになんてするなよな、と小さく異議を唱えつつ、手枷がどうなっているのか身を捩って観察する。
 周囲にはフックやら滑車やらが沢山埋め込まれているが、その使用方法は一生分からないままでいい。
 極力音を出さないように注意して、引っ張ったり揺らしたりしていた所。
 カツン、と、所々何かの染みがついている床が鳴った。
「目覚めたのか、成歩堂」
「み、御剣・・?!」
 どこからか現れたのは、ヒラヒラと真紅のスーツという見慣れた格好の御剣。
 もっとも、その手には黒光りする鞭が握られていて、完全にいつもと同じではなかったが。
「フ・・・いい格好だな、弁護人」
 鞭の柄で顎を持ち上げ、御剣が冷笑する。
「好きこのんで着た訳じゃないのに、笑われる謂われはないぞ」
 顔を振って鞭を払い除けた成歩堂は、冷静に返した。眇められた御剣の双眸が、チカリと光を反射した。
「揶揄ではない。褒め言葉だ」
「褒められて喜ぶと思うのかよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
 部屋と、服装と、猥雑な空気にそぐわない、緊迫した会話だった。お互い、1秒たりとも相手から目を逸らさない。
 成歩堂の堂々とした態度は保たれている。ハッタリを武器の1つにする成歩堂だが、その自若が虚構でない事は、長い付き合いの御剣には読み取れた。