ミツナル

終着




「だって、友達だろ」
 ―――知っているか?成歩堂。
 君の突き付ける真実は、鋭い刃となって、いつも私の胸を切り裂く事を。




 御剣から夕食を誘ったのだから支払いは全て持つつもりで、ホテルの高級懐石に連れて行き。その後、バーで飲み直す事にした。
「なぁ・・何でこんなに暗いんだ? 目が悪くなりそうだよ」
 専ら居酒屋で飲んでいる成歩堂は、本格的なバーに来るのは初めてらしく。クッションがきいていて身体が深く沈むソファに悪戦苦闘しながら、声を潜めて聞いてきた。
 広いフロアの7割方に客が入っていたが、音源は控え目なピアノのBGMだけ。毛足の長い絨毯に吸い込まれてウェイターの足音もしない為、静かにしなければ注意されるとでも誤解したのだろう。
「この類のバーは、雰囲気を味わうものだからな。煌々とした照明は興を削ぐのだよ」
「ふーん、そういうものなのか。メニューも碌に見えないのが、『興』ねぇ・・」
 ゲジゲジ眉毛を顰める成歩堂の手からメニューを取り、既にアルコールの好みは把握しているから、二人分を纏めて御剣が注文する。
 読めてもどんな酒か分からないと照れ隠しに笑った成歩堂は、運ばれてきたカクテルを美味しそうに飲み、どんな材料が入っているのか聞いておいて、『何でもいいけど』とあっさり流す。
 そんな所が少々腹立たしくて、同時に成歩堂らしくて御剣もつられて仄かに笑った。
「お、ようやく笑ったな」
 グラス越しに真っ直ぐな黒瞳をあてられ、御剣は動揺を辛うじて抑え込んだ。
「異な事を」
 食事の時も、仏頂面でいた訳ではない。細心の注意を払って、常態を保っていた。
「だってお前、ずっと顔が引き攣ってたぞ? また上と衝突したのか?」
 お見通しだとばかり、成歩堂が指を突き付けるお馴染みのポーズを取る。御剣は溜息をつく代わりに、眉間に皺を寄せた。
 何故こうも、成歩堂には機微が筒抜けになるのだろう。
 成歩堂が迂闊に見えて洞察力に優れているのか。御剣が、成歩堂の前では自然と警戒を解いてしまうのか。
 後者だとしたら、始末に負えない。
「上司との関係は、良好だ。問題ない」
 体勢を立て直すべく1口アルコールを煽り、取り繕う必要のない事柄から話す。
 『じゃあ、何を悩んでいるんだ?』と聞かれるのを恐れつつ。
「そりゃ、良かったな。金の話以外だったら、聞くだけは聞くぞ」
 御剣の祈りが聞き届けられたのか、成歩堂は当たり障りのない言葉で留めてくれた。
 安堵し、また容易には踏み込まない成歩堂の気遣いがもどかしいような、矛盾。
「随分とお優しい事だな」
 元来、お人好しの成歩堂なら、相手が御剣以外でも親身になろうとする筈。またしても嬉しさと寂寞の相対する感情が沸き起こる。
 そして。
「だって、友達だろ」
 放たれた、一言。
 これまでは、友人扱いされると幾分気恥ずかしく。御剣の恣意から、長年良好な友好を築いていなかった事を自省し。散々振り回されても尚、友情を捨てないでくれた事に感謝したが。
 今夜は、はっきりとした違和感を覚えた。
 奥深い所で、異議が唱えられた。
 それは、天啓にも等しく。
 御剣は、薄々予測していたロジックの終着を視る。




 真実は時に残酷であり、痛みを伴う。
 それでも厳然と動かしがたく、変容させられるものではない。
 成歩堂の真実と、御剣の真実がクロスする事はあるのだろうか?