秘密の恋愛だって、スリルが調度いいスパイスになるけれど。
並んで歩くのは、最終的な目標だったりするので。
それが少しだけ叶った今、歌い出しそうな位に嬉しい。
響也はコンサートの度、関係者用の一番良い席を成歩堂に贈っている。前もって『こんなオジサンが行く所じゃないよ』と断られていて、実際に来てくれた事はないが。
気持ちの問題故、習慣は継続中。
大抵は、みぬきが友達を誘うから無駄にはならないし、みぬきの中で響也の株が上がれば儲けもの。時折転売もしているようだが、所詮自己満足のプレゼント。成歩堂の家計を助けられるのならば、寧ろ本望である。
「楽しんでるかいー!?」
一曲目が終わってファンに手を振っている時、響也はその席に誰かが座った事に気付いた。シルエットからして、みぬきではなく男性。今回は転売したのか、と口元に小さく笑みを刻んで視線を外しかけ―――しかしどうも後ろ髪が引かれ、もう一度見遣る。
ファンの割合は圧倒的に女性が多いものの、コンサートに足繁く通ってくれる男性だっているから、性別が琴線に触れたのではない。
なら、何が・・・
「っ!?」
ライトが切り替わって二曲目のイントロが流れ出したのだが、響也はマイクのスイッチが入っている事も忘れて、思わず叫びそうになってしまった。
曲に集中しなくてはと己に言い聞かせるも、どうしたって『そこ』に意識が向かう。
成歩堂が。
最愛の人が、初めて来てくれたのだ。
動揺しない方が、おかしい。
「〜〜〜〜♪」
出だしのタイミングを間違いかけて一瞬背筋が冷えたものの、そこから後は今回のツアーで最高のパフォーマンスをしてのけた響也だった。
二度アンコールしたにも関わらず、拍手が鳴り止まないステージから降りた響也は、擦れ違うスタッフ達に礼を言いつつ一目散に控え室を目指した。
衣装替えの僅かな時間に、終わったら楽屋裏へ来てくれるよう、メールを送っておいたのである。
願いを込めて渡しておいたステージパスがやっと日の目を見る事も嬉しくて、碌に汗も拭かないまま、そわそわと一日千秋の思いで待ち続ける。
コンコン。
控えめな、ノック。
「成歩堂さんっ!?」
愛の力でノックの主を判別した響也が、スコープを伺う事なしに扉を開け放ち、そこに立っていた人を中へ引きずり込み、また扉を閉めて施錠した。
その間、僅か3秒。
「成歩堂さんだー。来てくれてありがとう! 嬉しいよ」
「・・・お疲れさま」
ガバリと抱きついて肩口に顔を埋め、匂いと温もりと質感を堪能する。苦笑したような声だって、感動を増す。
「それにしても・・似合ってるね☆ 惚れ直しそうだ」
「あっはっはっ、みぬきのイイおもちゃだよ。恥ずかしいから、あまり見ないでほしいな」
最初の喜びがようやく収まったら、次は少しだけ腕の輪を開いて成歩堂をまじまじと観察した。
響也が、成歩堂を見間違う訳はないけれど。気が付くのに数秒かかったのは、確か。今の成歩堂に残っている普段の面影は、ツンツンに尖った髪の毛のみ。
その濡れ羽色のトンガリ頭にも、何色かのメッシュが綺麗に入っており、首元には首輪を模した太いチョーカー。
タンクトップの上に、両肩がモロに出ている大きい長袖のTシャツを重ね着しているが、Tシャツの丈は何故か短くて成歩堂が動くとお腹がチラリと覗く。チェーンベルトも幅広で、ウエストの細さを強調するものだった。
下はスリムなダメージジーンズを更に傷付け、何ヶ所も指どころか手が入りそうな鉤裂きが出来ている。ちなみに、Tシャツも。
「無理。見ずにはいられないよ。すごく・・美味しそうだし」
「いやいやいや、待った」
照明の元でじっくり眺めている内に、響也の息が心なしか荒くなってくる。
今回のツアーはハロウィンの前後という事もあって、響也達は途中途中でハロウィンコスプレをしてファンを楽しませた。ファン達にも仮装での参加を許可していた為、ハロウィンに限らず、会場は様々なコスプレイヤーで溢れ返っていたのである。