「ぅ・・ん・・」
寝言ともつかぬ声を漏らしながら、目覚めた成歩堂は。
「! った・・ぁ・・!」
いきなり視界一杯に映し出された端整なマスクに驚き、反射的に飛び退って背もたれへ頭を打ち付けてしまった。
クッションがきいているから差程痛くはないが、寝起きで衝撃が大きく、呻いてしまう。
「牙琉検事? 何で、こんな所に・・」
後頭部を摩りながら改めて見遣れば、何故か響也がソファに凭れ掛かってすやすやと気持ち良さそうに居眠りしている。
成歩堂の顔があった辺りから数pも離れていない位置に、響也の顔もある。その寝顔は、非常に嬉しそうで。
「はぁ」
ポリポリとニット帽の下の髪を掻く。状況は、成歩堂が想像したのとそう外れていないだろう。
響也が来た事も、気が付かなかった位だ。キスなんぞされていても、成歩堂に分かる筈はないが・・・多分、何もなかった。
今までの響也の言動を鑑みるに。
強引で、諦めなくて、打たれ強くて、自分の魅力は最大限に利用する響也だが。
見掛けに反して、紳士だったりするから。
「でも、趣味がいいとは言えないよねぇ」
若くて。
将来を嘱望される、有能な検事で。
人気の衰えないミュージシャン。
スタイルも造作も、あまり人の美醜に興味のない成歩堂をして格好いいと思わせる。
みぬきに対する態度や、みぬきの情報からすると、女性に不自由しないタイプに違いない。
なのに。
よりによって、成歩堂に告白したのだ。
未だ理由を聞いた事はないが、どんな理由でも納得できないだろう。
というか、成歩堂は端から響也の想いを真剣に受け止めていなかった。若気の至りか、ちょっとした気の迷いで、放っておけば自然消滅するとを括っていた。
成歩堂みたいな変わり種は響也の周りにはいなかったようだから、物珍しさも手伝って。
兄の陰謀に知らないとはいえ加担し、成歩堂の人生を狂わせてしまった罪悪感と責任感が、変な方向に作用しているのだと。
賠償すべき兄は、牢の中。
償えるのは、自分しかいない。
だから、問題解決の為には『恋人』になればいいのだと妙な回路(結論)が頭の中にできたとしか、分析できない。
成歩堂とてちょっと無理のある推論だと思わないでもないが。
それ位のこじつけを捻り出さないと、マズイような気がして。
「・・・珈琲でも、入れようかな」
寝癖のついた髪をニット帽へ押し込むと、成歩堂は響也を起こさないよう静かにソファから滑り降りた。
もうすぐ、王泥喜とみぬきが戻ってくる時間だ。賑やかな二人の登場で響也が目を覚ましたら、四人でティータイムにしよう。
響也が成歩堂に寄り添って寝ていた事は、スルーするつもりだった。
それが響也の為。
はぐらかすスキルは、それなりにある。
後は、響也の熱が醒めるまで逃げ続ければいい。
「早いと、いいんだけど・・」
成歩堂は無意識に呟き、それから、顔を顰めた。
『七年の実績』がある自分が、たった一ヶ月程度で焦りを覚えている。その事実に気が付いて。
第二次接近をなかった事にするのは、寧ろ成歩堂の為かもしれない。