「いやだね」
ぐるぐる考えている成歩堂に対し、響也の答えは酷く簡潔だった。顎に添えられていた指が引き、殴られる方か、と成歩堂が身を固くして痛みに備えると。
「!!」
襲ったのは殴打ではなかったが、拳以上の衝撃を成歩堂にもたらした。
荒々しいまでに直向きな、響也の接吻。しなやかなのに力強い腕が成歩堂の腰を抱き、ギターを弾くというしっかりした手が後頭部を抑えて身動ぎすら許してくれない。
「・・・っ、は・・」
何分も続いたキスからようやく解放された時には、あの夜のように成歩堂には抵抗できる余力などは存在しなかった。
「やっと、成歩堂さんを手に入れられたんだ。忘れるなんて勿体ない事は、しないよ」
「え・・・?」
思考も霞がかっていたが、響也の声は何故かはっきり聞こえて、いつの間にか床へ横たわった成歩堂は、上に覆い被さっている響也を訝しげに見上げた。
「順番が逆になっちゃったけど。成歩堂さん、ボクと付き合って」
「き、響也くん・・?」
「一目惚れなんだ。男とか年齢とか関係なく、アンタと出会った瞬間、好きになった」
次々と上から降ってくる告白に、突っ込みを入れる事すらできない。知り合ったのは数年前だが、そんな昔から想われていたとは、成歩堂はこれっぽっちも気付かなかった。
そんな考えを、正直に顔に浮かべていたのだろう。響也が少し切なそうにも見える苦笑を漏らした。
「実力行使に出て、正解だったね」
「え? それって、どういう・・っっ」
聞き捨てならない台詞へ今度こそ突っ込もうとした成歩堂だったが、途中で唇が塞がれ、剰え響也の両手が服の下に潜り込んできたものだから、意識がその疑問から完全に逸れてしまった。
「響也、くんっ・・何、する・・っ!」
胸の突起を摘まれた衝撃で仰け反り、運良く響也の口付けから逃れられた成歩堂は急いで酸素を取り込みつつも、響也をきつく問い詰めた。
「一週間も避けられてたから、その分の補給だよ?」
が、しれっと返答した響也は首筋に顔を埋め、成歩堂の鎖骨を痕が残るまで吸い上げた。三年間でたいぶ伸びた髪が、頬を、耳を、襟元を擽っていく。
「ち、ちょっと待った! ここ、事務所なんだけど!?」
ゾクゾクと背筋を這い上がる疼きを懸命に無視して、成歩堂は響也の体を剥がそうと満身の力を込めた。――ビクとも、しなかったが。
「成歩堂さんが抱けるのなら、場所には拘らないよ?」
「いやいやいや、僕は拘るよ! 前半部分にもね!?」
ちらと視線を流せば、もうボタンはほぼ外されていて手際の良さに戦きながら、必死で強調する。すると、響也の動きが止まった。
「なら、ボクの家に来てくれるの?」
「・・・いや、それもどうかと」
行為自体に抑制を求めているのだから、当然代替え案も受け入れられない。
「じゃあ、ここで」
「待った! 異議あり!!」
事務所でコトに及ばれたら、罪悪感と居たたまれなさで今後仕事ができなくなってしまう。精神的にも崖っぷちに追い詰められた成歩堂は、だらだらと滝のような汗を流して、成歩堂の返答を待ち構えている響也を下から見遣った。
その端整な貌を彩るのは、まだどこか少年の幼さを残した爽やかな笑みなのに。
やる事は、既に大人の悪辣さを備えている。
「分かった。響也くんの家に行こう。但し!まず話し合いたいんだけど、約束してくれるかな!?」
最後の逆転に望みを繋ぐべく、そんな風に防衛線を張った成歩堂だったが。
「いいよ☆」
惜しげもなく披露された響也の満面の笑顔に、どうしてか悪足掻きをしているだけにしか思えなくて。
話し合いというより、一方的で熱烈な響也の告白タイムの後。
素面の状態で、またしても済し崩し的に響也と淫らな行為をしてしまえば。最早、成歩堂に逃げ場は残されていなかった。