ロマンティックが止まらない




 成歩堂とこうして触れ合えたのは、実に2ヶ月振りの事。
 朝、娘のみぬきを学校へ送り出し、昼間寝て、夜はボルハチでポーカーをしたり、極秘任務で動く成歩堂と。
 昼間は検事局に詰め。
 アフターファイブで、人気グループガリューウェーブのボーカルとして活躍する響也とでは、生活のリズム自体が異なる。
 となれば逢瀬の時間を捻出するのも一苦労だし、ましてや今夜みたいにみぬきが2泊3日の修学旅行に出掛けて、響也の家に泊まるなどというフラグが立つ確率は非常に低い。
 時間を何とかやり繰りして、成歩堂に会いに行っている響也だが。
 成歩堂とのスキンシップ不足は常態化しているし。
 しかも今夜は、ガリューウェーブのステージをこなした後なのだ。
 たとえ副業とはいえ手を抜いたりしない響也はアドレナリン全開状態で帰宅しており、正直な所、欲求は破裂寸前だ。
「――汗かいたから、シャワー浴びてくるよ。ちょっと待っててくれるかな?」
 だからこそ、響也は逃げるかのごとく身を離した。
 今すぐ、それこそ慣らしもしないで成歩堂と繋がって、本能の命じる通りに成歩堂を貪ってしまえと唆す声が聞こえるけれど。
 成歩堂の身体だけが欲しいのではない。単なる欲情の捌け口にはしたくない。
 収まりのつかない肉体を何とか静めるべく、とりあえず冷水でも浴びて一旦インターバルを取ろうと考えたのだが。
「?」
 ベッドから降りようとした響也の腕が、つん、と抵抗を受ける。
 何に引っ掛かったのかと振り向いた響也が、目にした光景は。
 パジャマの袖からちょこんと覗いた成歩堂の指が、響也の服の端を握っており。
 指から辿っていけば、半分シーツに埋まった顔はどこか拗ねたような表情をしている。
「シャワーなんて、後でいいんじゃない?」
 我慢する必要はないんだ、とか。
 会いたかったのは同じなのに、とか。
 素直に気持ちを吐露してくれる事は、殆どない成歩堂だったが。
 こんなちょっとした仕草は、それを補って余りある程に雄弁で。
 言わなくても分かってよなんて眼差しだけで要求する我が儘だって、響也にはもう、成歩堂の照れ隠しにしか見えなくて。
 ――箍が、外れた。
「……成歩堂さんが、悪いんだからね? 人が折角、なけなしの理性をかき集めてたってのに…!」
 身体と心を完全に支配した激情の所為で、怒っているようにすら聞こえるシャウトを迸らせた響也は、一動作で成歩堂の上にのし掛かり。



   そうして、貴重な2日半は。
 殆どベッドから出ないまま、あっという間に終了してしまった。





 久しぶりに、心行くまで成歩堂を味わえて満足しきった響也に対して。
 事務所まで車で送ってもらい、重い身体――特に腰の辺り――を騙し騙し階段を昇った成歩堂は。
 ようやく階段を昇りきり、事務所の扉の前に立つと、ふう、と疲弊した溜息を腫れぼったい唇から漏らした。
 半分は、我慢しなくてイイと誑かした成歩堂にも責任があるにせよ。
 響也の若くて青い性と。
 どうして成歩堂に向けられているのか、根底からは理解しきれない情熱と。
 擦れ違いばかりでなかなか会えない現状を、総合的に鑑みると。
 そろそろ、本格的に弁護士業に戻る事を考えるべき時期にきているのかもしれない。
 このままでは、とてもではないが。
 ――身体が、持たない。
 幾分窶れた顎を擦りながら、年齢によるものだけではない『限界』を実感していた。
    


 この後、先に帰宅していたみぬきから歓声と一緒に抱き付かれ。
 『父の愛情』だけを支えに、何とか倒れず踏ん張ったけれど。
 これまで以上に、トラバーユの件を熟考するようになったのである。