これから




「成歩堂。愛玩動物の躾は、きちんとしたまえ」
「!?」
 御剣が苦言を呈した刹那、空気の凍る音が聞こえた気がした。パカ、と響也の口唇が開く。あんぐりする、という間抜けなリアクションでもアイドルオーラが崩れないのは何故だろうと成歩堂が現実逃避気味に考え、悔しいから写メろうかとまで思考は進んだものの、その辺りで止めた。
「御剣ってば、引っ掻き回すなよ・・」
 クールだの鉄面皮だの言われていても、幼馴染みの沸点は結構低く、そして時々大人げない。成歩堂絡みだとその傾向が強い故、揉め事を避けるべく三竦みで会わないよう心掛けていたのだが―――悪い方に予感が当たり、溜息も呆れたものになる。
「フン。また、連絡する」
 響也個人は、認めている。好意すら、持っている。が、成歩堂の側にいる響也はいただけない。無性に、癇に障る。だから痛烈な一撃を放った御剣は、反省する様子もなく尊大に鼻を鳴らして立ち去った。




「ボクはペットじゃなくて、恋人だからね!」
 御剣の姿が見えなくなった頃、呆然としていた響也は我に返り勢いよく詰め寄った。友情からか邪な想いからかは微妙なものの、御剣が牽制返しをしてきた事は明白で。遊びだと、一時の感情だとの揶揄は即刻打ち消さなければならない。
 他の誰にどんな事を言われても響也の心は揺らがないが、成歩堂に誤解されるのは嫌なのだ。
「いやいや、響也くんも御剣の挑発を真に受けたら、ダメだって」
 鬼気迫る真摯さで詰め寄る響也を、成歩堂は引き気味に宥めた。御剣も大人げないし、響也もらしくない。鈍感な成歩堂は、二人の変貌が意味する所を正確に把握していなくても、響也の気持ちを落ち着かせようとその背を摩った。
「アイツは昔から、神経質なとこがあるから。響也くんも一緒に働いてて知ってる筈なのに、何で突っ掛かるかなぁ・・」
 咎めるというより、苦笑の色が強いボヤキ。
 響也との仲は薄々勘付いていても、暗黙の了解というやつで、御剣が二人の関係に言及したのは今回が初めて。そして、その切っ掛けを作ったのは間違いなく響也の態度だ。藪蛇パターン。
「しょうがないよ」
 響也の『これから』を考えての、忠告。感謝しているし、理解してもいるけれど。響也にとっての最優先事項は、上司との円滑な関係ではない。
「成歩堂さんが好きなんだから、必死にもなるって」
「・・・・・」
 再度、成歩堂が絶句する。
 一方、響也は全開の笑顔。キラキラを増量して撒き散らし、ぶわりと豪勢な華まで飛ばし。背後に注釈を入れるとしたら、『愛の為なら、誰にでも中指を立てるぜ』的なロックンロール調喧嘩上等魂の叫び。
 成歩堂がしばしばからかいに使う『若さ』を逆手にとって、一歩も引かない気概を―――ひいては、成歩堂への真摯な想いを主に成歩堂へ示す。
「・・・まぁ、いいか」
 今回折れたのは、成歩堂。照れを隠すようにニット帽の縁を直し、ポソリと漏らす。
「もう今日は沢山働いたから、響也くんの家でのんびりさせてもらうよ」
 狡い大人はアツい告白に真正面から応えず、斜めに甘えてみせた。周りには誰もいないから、サービスで手も伸ばして。
 貴重で稀少な、成歩堂のデレ。しかし成歩堂フリークな響也は、ちゃんと気付いている。成歩堂が響也を『恋人』として扱う回数が、段々増えてきた事に。成歩堂からのお誘いなんて、やっとの事で付き合いを了承してくれた頃には夢の中でしか実現しなかった。
 指摘などしたらまた三歩程後退してしまう為、喜びを別の方法で伝えてみる。
「情熱のフレーズを、二人で奏でた後でね!」
「・・・・・」
 意気揚々と掲げた言葉に動かなくなった手を、響也はこちらから握り締め。今日一番のスマイルを贈った。




 成歩堂の幼馴染みで、親友で、ライバルで。響也より、成歩堂をよく知っている。多分、あんな事やそんな事も。何とかして御剣に認めてもらった暁には、秘蔵昔話を入手するつもりだ。もう一人の腐れ縁は、既に懐柔済み。
 尤も、大量の思い出や映像が欲しいのはフリークの性によるもので。幾ら努力しても、御剣と成歩堂が積み重ねてきた月日は越えられない事は理解している。物理的に、精神的に。
 それでもいいのだ。
 これから響也と成歩堂が育む『想い』の方が、響也にとっては遙かに価値を持つ。