御剣VS響也

VS!:後編




「成歩堂!」
「成歩堂さん、こんにちは!」
 途端それまでの刺々しさはどこへやら、御剣と響也は喜色に顔を輝かせ、魔界エリアへすんなり入ってきた人物へと走り寄った。
 成歩堂の気怠い話し方と眠たげな目付きはそのままだが、周囲の懇願に根負けして無精髭とニット帽はアイテムから外れた。今日はラフな格好でも、裁判ではいよいよスーツ姿が復活するとか。どうせならそれも一番に見たいと考える二人は、ここで決着させようと更に一歩、詰め寄る。
「成歩堂、担当検事の事だが―――」
「成歩堂さん、担当検事の事ですけど―――」
 『是非、私(ボク)を指名して』、と続く予定だったのだけれど。
「ああ、狩魔検事に決まったよ」
「何!?」
「ええっ!?」
 本人だけがその威力を理解していない発言で、衝撃が走った。
 名の上がった狩魔冥―――実は成歩堂と一緒に登場していた―――をどういう事かと睨め上げれば、綺麗にルージュのひかれた唇が笑みを刻む。満足そうに、勝ち誇ったように、強かに、そして酷く嬉しそうに。
「そう、この馬鹿の裁判を受け持つのは私よ。全て『完璧』に手続きは終了したわ」
「小癪な・・!」
「はぁ・・すっかり騙されちゃったよ」
 臍を噛む御剣と響也。今回の担当検事レースに冥は参加せず、普段通り御剣の片腕として働いてライバルの排除に辣腕を奮っていた為、すっかり油断してしまった。まさか虎視眈々と隠密に、謀略を巡らせていたとは。
「成歩堂さんの裁判、担当したかったのに・・」
 幻の垂れた耳と尻尾が見える位、響也が悄気返ってみせる。最後の足掻きで、情に訴える作戦に出たらしい。
「私も切望していたのだが、再考してくれないかね」
 御剣もすかさず、主張しつつ響也の後方支援に回る。成歩堂さえ望んでくれたら、多少強引な手を使っても覆す事は可能。
「え? そうなの? ごめん、知らなかった」
 大逆転を賭けて口説くと、成歩堂の目が丸くなった。指名を求められるなんて、想像もしていなかったようだ。そんな鈍感さと、年齢よりずっと幼い表情が堪らない、と心の中で萌える王子達。
「いやぁ、僕は誰でもいいんだけ・・ッッ!」
 ピシィィッッ!!
少々危険な思考にも気付かない成歩堂は弁解しようとしたが、鋭い、空気を切り裂く音にビクゥッッ、と身を竦ませた。
「ホントに馬鹿ね。公判で馬鹿の性根を矯正するのは、私なのよ。いい加減、その馬鹿な頭に染み込ませなさい」
 バシィッッ!
 またしても足下すれすれを掠めた鞭に、成歩堂がビリジアンと化す。その怯え様は、数年前の成歩堂と瓜二つ。御剣は経緯を理解し、響也がしょんぼり肩を落とした。
 成歩堂は基本的に女子供に弱い。文句を呟きながらも、結局言い分を聞いてやるタイプだ。だから強く出られると、済し崩しに従う事もしばしば。冥はまさにその典型で、以前から文字通り首に縄ならぬ鞭を巻き付けて成歩堂を振り回していた。
 馬鹿だの居丈高な物言いも、そう扱き下ろすだけの実力が冥にはあり、同時に他人には決して見せない所で血の滲むような努力をしている事を知っているから、成歩堂に悪印象はなく。気の強い反抗期の妹といった感じで、受け入れているし。
 唯一受け入れられない鞭打ちはトラウマになっている程なので、高圧的なお強請りと効果的な脅しとのコンボで来られたら、成歩堂に逆らうという選択など思い付かないのだろう。
 ツンデレ女王様の、作戦勝ち。
「さあ、完璧な公判目指して、資料の再確認をするわよ。いらっしゃい」
「行くから、鞭を首から外してくれないかなぁ・・」
「馬鹿は黙ってついてこればいいのよ!」
「いやいや、苦しいって」
 SMチックな体勢で退場していく二人を見送る御剣と響也からは、禍々しいオーラがすっかり消え失せていた。哀愁漂うその背中に、女性達は頬を染めて写メしまくる。
「あの状態では、翻意はなさそうだな」
「成歩堂さん、女性には特に優しいからねー」
 これはもう、諦めるしか術がない。
 溜息が二つ、検事局の廊下に落ちる。




 ―――新旧王子様対決の第一戦は、思わぬ伏兵により、引き分け。