御剣VS響也

VS!:前編




「フッ・・君のような若造には荷が重すぎる。100年経ったら、出直してきたまえ」
 細マッチョな胸をバン、と張り。紅いスーツをピチピチにさせて腕を組み。上から目線で嘲笑する。
「いやだなぁ。100年も待てないよ。ボクは、今すぐあの人と情熱的なラヴソングを奏でたいのさ」
 シャラン、と全身のアクセサリーを鳴らし、髪を掻き上げる指先から煌びやかなオーラを撒き散らし。そのままCMに起用できそうな、フラッシュスパークリングアイドルスマイルで迎え撃つ。
 カラーは違えど、女性達に嬌声をあげさせるイケメン二人―――容姿端麗エリート上級検事と人気急上昇中実力派若手検事が向かい合う姿を目撃したお嬢様方は、黄色い声で興奮気味に叫んだ。
 新旧王子様対決よ!、と。




 御剣が、長きに渡った海外研修から帰国し。精力的かつ冷酷無比に法曹界の梃入れに着手して、数ヶ月。古い因習と固定概念の自縄自縛に陥った者達は醜い抵抗を見せたが、あたかもトノサマンが必殺技を繰り出すかのごとく、着実に敵キャラを殲滅していった。
 勿論いくら御剣が狩魔の後ろ盾と明晰な頭脳を有していても、一人で変えられる程、甘い世界ではない。志を同じくした検事達と協力して改革を進めていた。というより、若手を中心に起こっていた動きを御剣が全面支援した、のが正確な所。
 要は、御剣と響也の仲は決して悪くない。なのに、ビシビシバリバリと剣呑を通り越して険悪な雰囲気になっている理由は―――見事、再度司法試験を突破した成歩堂にある。
 研修さえ終われば、後は諸手続きだけで弁護士活動が再開できる。実際、早速翌日には依頼人が訪れたとか。
 ここで、一つ問題が生じた。
 成歩堂と対峙する検事が誰になるのか、だ。
 通常、担当検事を決定するのは検事局であり、決定機関は上層部。となると、上級検事で権力を掌握しつつある御剣が圧倒的に有利だと思われるが。
 捏造事件で第一線を長らく退き。スキャンダルが風化しかけた頃に、容疑者となって法曹界に現れ。新人弁護士と力を合わせて七年前の真相をも暴いてみせた成歩堂が、復帰するのだ。
 当然マスコミの注目度も高く、冤罪を見過ごした事をこっぴどく叩かれているお偉方は、これ以上迂闊な対応を仕出かさないよう慎重な姿勢でいる。
 担当検事も、成歩堂が強く要望したら、秘密裡である事を前提に許諾するに違いない。だから、立場的に御剣優位でもこうして牽制しあっている。
「成歩堂さんのリ・スタートとなった裁判は、このボクが担当したんだ。だからこそ、今回の門出もボクと成歩堂さんとで愛に満ちたメロディを紡ぐよ」
「フッ・・猪口才な。スマートに華麗に速やかに審理を進める事ができるのは、この私だけだ」
 薔薇の他、とにかく豪華な華が背後で舞い踊るが、その隙間隙間に飛び交うのはおどろおどろしいベタフラッシュ。二人とも笑顔ではあるものの、目に笑みの一欠片もない。寧ろ、アイスランド並の冷気を湛えて相手を凍死させようとしている。
 女性達のハート型の瞳は、きっとイケメン要素だけを取り込む特殊フィルターがかかっているのだろう。でなければ、凍てつく空気に生命の危険を感じて悲鳴を上げる筈だから。
「己を過信してると、足下を掬われるよ」
「経験者は語る、か?」
「ええ。同じ過ちを繰り返さないのが信条で」
「・・・私とて、三度目はない」
 ジャブ程度の嫌味に引用しても、お互い後ろめたい所がある二人は共倒れする事が分かっている為、正面切っての攻撃はしない。
 根回し、裏工作はガンガンやっているが。
 例えば、何気にちゃっかり舞い戻った某コーヒー検事は、たまたま廊下を全力疾走していた薄給の刑事とぶつかり。たまたま側を通りかかったミュージシャン検事の派手柄風呂敷が千切れて、落下したゴーグルを半壊にし。メンテナンスに行った病院で、いい機会だから本体(人体)も精密検査しましょう!と軟禁された。
 部下思いのヒラヒラ上司が提言した結果、きっと退院は当該裁判が開始してからと推測される。
 そんなこんなで目障りなライバルは迅速に緻密に消し、御剣と響也の一騎打ちの様相を呈してきた。
「後続の成長を見守るのも、上司の役目でしょうに」
「先達として、これぞという審理を披露するのが私の役割と心得ている」
 互いに一歩も引かない構え。タブルイケメンに陶酔している女性達はともかく、突如出来上がった異空間に通りかかった人々はぎょっと凝視し、その後無理矢理目を逸らして何も見なかったように立ち去る。
 レッドゾーンに立ち入る兵など、いなかった。と、思われたが。
「あれ、物々しい雰囲気だなぁ。どうしたの?」
 年にそぐわない、緩やかな声がかかる。