「あのね、あのね!」
「ハロウィンだからさー」
「しゃかいぼうけんなのね」
「オマエばかだな〜、しゃかいかけんがくだろ」
「おかしもらえりゃどこでもいいよぅ」
同時進行、多重放送となって説明が四方八方から浴びせかけられる。
話を繋ぎ合わせ、解読し、推察した所、社会科見学という名目で毎年この近辺の官公庁をハロウィンコスプレをしながら幾つか回っているらしい。最初に企画したのは誰かは知らないが、なかなか着眼点がいい。
体面を大切にするお役所は、要求しなくてもお菓子などを用意してくれるだろうし。引率の先生が若い女性ばかりなのは、大人の思惑もしっかり絡んでいるのだろうし。ちらりと見遣った先には、頬を染めて直斗へアプローチする先生方がいて、一手に子供達を引き受ける形になった成歩堂の頬が引き攣る。
「さあ、スーパーな成歩堂弁護士に呪文を唱えようかー」
一瞬目の合った直斗が、爽やかに成歩堂へ笑い掛け。先生達にも微笑んで鮮やかに動きを止めてから、子供達を促した。
「「「とりっくおあとりーと!」」」
「「「おかしかいたずらか、どっち?」」」
ぴったりばっちり揃った掛け声。練習したとしか思えない完璧さに、笑いも乾く。
「えーと、ちょっと待って・・」
とはいえ子供達の期待を裏切るなんて事は成歩堂にできず、ポケットを探ってお菓子を次々渡していく。
「沢山、持ってるんだね?」
どんどん出てくる菓子を見る直斗の手には、可愛くラッピングされた袋。おそらく検事局で用意した菓子で、成歩堂に渡すものだったのだろう。
「ああ、ゴドーさんが持たせてくれたんです。この行事、知ってたのかなぁ」
何気なく答えた成歩堂は。微かに。ほんの僅か、直斗の表情が変化した事に気付かなかった。
「ふーん、荘がねぇー」
小さく漏らし。次の瞬間、直斗は涼やかさを一層増した笑顔を振りまいた。
「成歩堂弁護士は、いっぱいお菓子を隠してるみたいだよ。みんな、宝探ししようかー」
「はーい!」
「やったぁ」
「ぜんぶだせぇ〜」
「うわ、ちょっ、お、落ち着いて・・!」
直斗の合図を皮切りに、わらわらごそごそとスーツや鞄へ伸びる無数の手が成歩堂に冷や汗を流させ。刹那だけ感じた違和は霧散してしまった。
その後。撓垂れかかる先生方と遊び足りない子供達を纏めて御剣の執務室へ送り込んだ直斗は、成歩堂を自分の執務室へ招待し。
カチャリ
どうしてか、内鍵をかける。
「な、直斗さん・・?」
ようやく、遅れ馳せながら、直斗の雰囲気がいつもと異なる事を悟った成歩堂であったが。
「Trick or Treat?」
「いやいやいや、待って下さい! 今すぐ、即刻っ・・・あ」
清涼感が何万光年の遙か彼方へ行ってしまったかのような妖艶さにビビリ。焦りまくってポケットというポケットを探るも、指先に触れるものは何一つなく。
法廷ではないのに、崖っぷちへと追い詰められた。
プルプルプル―――。
ピーピーピー―――。
♪〜♪♪〜♪―――。
執務室の内線と。
直斗の携帯と。
成歩堂の携帯と。
どんな手を使ったのか、同時に着信音が鳴り始め。
非常に危うい所であったが。本当に危機一髪だったが。
『急な依頼が入ったから、大切な所長さんを今すぐ帰してくれるかィ?』
まるで見ていたかのような絶妙なタイミングでかかってきたゴドーからの電話が、辛くも成歩堂の貞操を護ってくれた。