凶行に及んだ男は、駆け付けた警官達に取り押さえられたが。
『お前がいなけりゃ!!』と繰り返し喚いていたが。
そんなのは、どうでもよかった。
護送される一瞬の隙を突いて警官を急襲し、拳銃を手に入れたと後から聞き、警備の不手際で危険な目に遭わせた事を警察のお偉方から謝罪された時も、右から左へ無感動に受け流した。
ただただ、泣き続けていた。
人目も憚らず。いい年をした大人が、と恥じ入る事もなく。
「バンビーナ、涙でテキサスを沈めちまうつもりか?」
「・・・意味不明です・・」
そして、恭介が少し困った顔で宥めても、ずっと。
結論から言えば。咄嗟に成歩堂へ覆い被さった恭介の側頭部を、銃弾が掠め。10数p髪の毛と皮膚が削ぎ取られたものの頭蓋骨には達しておらず、従って命に別状はない。恭介にしてみれば、軽傷の範囲。
けれど、銃弾の衝撃波で脳震盪を起こしてブラックアウト。また怪我の割に出血量が多かった為、成歩堂が最悪の事態だと錯覚してしまったのだ。
意識を取り戻したら一応検査をしますが入院の必要もないでしょう、と穏やかに担当医師が説明している最中に恭介が目覚め。―――成歩堂の涙腺が、決壊した。
「もう二度と、あんな真似はしないで下さい・・っ」
はらはらと伝い落ちる雫を拭いもしないで、成歩堂が詰め寄る。恭介の無事を知ってから、身の内で吹き荒れるのは理不尽な怒り。恭介に助けられなければ、成歩堂は撃たれていたかもしれない。感謝するのが人として当然だと理性では分かっていたが、口をついたのは正反対の言葉。
護られて、その代償に恭介を失って、成歩堂が喜ぶとでも思っているのだろうか?
「その約束は、しない」
なのに、恭介は笑いながらゆったり首を振る。ゴツい指で成歩堂の涙を掬い、赤く腫れた目尻に口付ける仕草は酷く柔らかくても、成歩堂の望む言葉を言ってくれない。
「俺は、決めてる」
恨みがましい視線と見合い、じっと見詰めたまま、恭介が嘯く。
Te doy mi vida. (オレの命をキミに捧ぐ)
「・・・恭介さん・・」
嬉しくて、嬉しくない決意。そこまで想われている幸せと、躊躇いなく実行される事への切なさ。
ダメです、と成歩堂は言おうとした。だが開いた唇は恭介のそれで塞がれ、踊るようなキスを施される。
「・・ゃ・・っ・・」
固くて厚い胸板へ突っぱねた手はあっさり避けられ、項を押さえられて接吻が深まる。怪我をしていても、成歩堂の力で恭介を止められる筈はなかった。
「ん・・ぅ・・」
無理矢理抱き竦められていても、恭介の唇と舌はソフトに触れてきて。成歩堂の抗いをやんわり躱し、あやすように愛撫する。成歩堂を、女性か子供と間違えているのではないかと憤慨したくなる扱いだけれど。
このキスが嫌いではないから、拒みきれない。
成歩堂が力を抜くと、恭介はそっと唇を離した。水の膜を張った眦へ再度キスを贈り、囁きかける。
「代わりに、絶対バンビーナの所に戻ってくるって誓うぜ」
それで宥めすかし、成歩堂を言い包めるつもりでいるのか。
ヒドい、人だ。
『生きて』戻るとは口にしない。そう誓うには、恭介は多くの事を見過ぎている。
どんな事態に陥ったとしても、生き延びる自信や経験値や強運は持っているが。人の身に『絶対』は有り得ない。
恭介に成歩堂との約束を破るつもりはないから、『絶対』を除外する。
ヒドくて、誠実な人だ。
「・・・牡丹灯籠は、却下します」
なるべく堅苦しく厳しい口調で言い放つ。恭介の信条は尊重しても、成歩堂だって譲れない一線はある。ちゃんと主張して、何度でも口酸っぱく繰り返して、恭介の深層意識に植え付けておけば万が一の時に役立つかもしれない。
五体満足でないのは、可。欠けたものを補う位の気概はあるから。
「幽霊でも、触れるのならいいと思わないか?」
精一杯の譲歩に対し、ニヤニヤとエロい笑みで茶化す恭介。となれば、次の台詞は決まっている。
「異議あり!」