好きな時に呑み。好きな時に暴れ。好きな時に笑い。好きな時に愛を囁き。育み。咲かせる。
いつも、好きなように生きる人。およそ、遠慮とか慎みとは程遠かった。
翻弄されっぱなしの成歩堂は、かつて恭介に言った事がある。
「直斗さんとは違った意味で、自由人ですね・・」
と。
恭介はそれが誉め言葉であるかのごとく、テンガロンハットを胸に当てて大袈裟に一礼した。
「職業柄、明日何が起こっても不思議じゃない事を知ってるからな。一瞬一瞬を大切に生きるのさ」
軽い口調でも、内包するものは酷く切実で。つい、まじまじと精悍な顔を見上げてしまった。
が、その後。
「テキサスの太陽並に熱い視線を送るなんて、誘ってるのか?バンビーナ」
と都合の良いように取られ、即刻浚われ、好きなだけ貪られたものだから。恭介の言葉は記憶の波間にそっと横たわり、隠れた。
自己的と言われようと。
忘れたままがよかった。
恭介が倒れた時に、思い出す位ならば―――。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!」
「お役に立ててよかったです」
何度目か分からぬ、依頼人とその家族からの感謝を成歩堂はニコニコと微笑みながら享受していた。大変な裁判だったので疲労困憊した身体は限界近かったが、依頼人達の安堵や喜びや緊迫で昂ぶる気持ちは少し発散させた方がいい。
『ご家族で、改めてお祝いしたらどうですか?』との言葉に頭を下げつつ依頼人達が帰宅したのは、それから30分後。
「うう、疲れた・・」
彼らの姿が完全に見えなくなり、ようやくポソリと呟く。相変わらず崖っぷちの裁判で、しかも今回は事件が有する独特の『毒』が強かったのである。
罪を犯す側にも様々な事情はあれど、真犯人は酷く利己的で、逮捕された事を秘かに喜んだ。あの手のタイプは、捕まらない限り何度でも悪事を働く。視線が殺傷能力を持っていたら、確実に仕留められていた真犯人の目付きを思い出し、成歩堂の身体が震えた。
「バンビーナ!」
「恭介さん。お待たせしました」
生のエナジーに満ち溢れた声が後ろから聞こえ、振り返って軽く会釈する。
警察側の証人として召喚されていた恭介と裁判が終わったら一緒に帰ろうと約束していて、依頼人達が帰った際、メールを送ったのだ。待ち合わせの場所ではなく、わざわざ迎えに来てくれた恭介の優しさが、鬱屈した気分を晴らしてくれる。
気怠い足も気持ちを反映してか軽やかに動き出し、恭介の元へと向かった。
だが、数歩も行かない内。
「?」
背後でざわめきが生じ、段々大きく近くなってくる。何だろう、と成歩堂が足を止めて振り向こうとしたのと。
成歩堂と相対していた恭介の表情がさっと強張ったのは、ほぼ同時。
「バンビーナ、伏せろっ!」
鋭い命令を発した恭介が野生の獣のごとく、トップスピードで駆け出す。
「えっ?」
生憎恭介レベルの身体能力はない成歩堂は、訳が分からないながら恭介の指示に従おうとする。
「死ねぇっっ!!」
けれど禍々しい雄叫びが成歩堂の身体を縛り。
―――そこから先の数秒間は、スローモーションで脳細胞に灼き付けられた。
半ば身体を捻った成歩堂が目撃したのは、拘束用の縄を腰から垂らし、手錠が掛けられた両手に何故か拳銃を握り締めた真犯人。その銃口と憎悪一色に染まった双眸が成歩堂へと向けられていて、ざぁっと血の気が引き。
引き金にかかった指が僅かに動いたのを見た後、衝撃に襲われた。
「っ!?」
間隙を置かず、凄まじい轟音が鼓膜を痛めつける。
「・・・ぅ・・・」
成歩堂は、てっきり撃たれたと思っていた。しかし、何秒経っても痛いのは『耳』だけで。その他は激痛を訴える所か、温かいものに包まれて心地良かった。
ずるり・・・
「っ恭介さん!」
しかし温もりが成歩堂から離れて床へ転がった刹那、成歩堂の喉は悲痛な叫びを迸らせた。
どんどんと広がっていく血潮の持ち主は、恭介。