検事局で用事を済ませた成歩堂は、帰り道で奇妙なものを見つけた。
窓際の壁に寄りかかり、酷く遠い目で外を眺める罪門直斗。
彼のイメージと言えば、ゴドーと悪巧みをしたり、御剣をわざと怒らせたり、恭介を言い負かしたり、成歩堂を見つけるや否やぐったりするまでからかったりと、兎に角愉快犯で。
『人生は愉しんでナンボ』を座右の銘にしている、笑顔だけは爽やかな人、なのだが。
今、一人きりで佇む直斗からは、普段の明るさなど全く伺えない。それ所か窓を大きく開け放って、ふらりと身を乗り出しそうな雰囲気すらある。
何となくこれ以上見続ける事は失礼な気がして、成歩堂は静かにその場を去ろうとした。
しかし。
「あ、成歩堂くん発見」
「・・・こんにちは、直斗さん」
踵を返した瞬間声をかけられ、気まずい思いをしながらそろそろと向き直った。
直斗はキラッとした笑みを端正な顔に浮かべていたけれど、やはり違和感がある。いつもなら駆け寄ってきて、セクハラすれすれのスキンシップを挨拶かわりにするのに、その手はテンガロンハットに添えられたまま動かない。
「えっ、と・・お元気ですか?」
ストレートに『何かありましたか』とは聞けなくて捻り出した言葉は、発した刹那回収したくなる程、間が抜けていた。久々に会ったならまだしも、昨日法廷で何故か傍聴席から『ファンタスティック!!』と声を掛けられつつ白熱した裁判を繰り広げたばかりだ。
「うん、体調はバッチリだよ。ありがとう」
発言のおかしさに気付いていても、にっこり眩しいスマイルで礼を言う辺りが、もてる秘訣かもしれない。
そして直斗は一度涼しげな双眸を伏せ、どんな女性でも母性本能を掻き立てられて頭を撫でてしまうであろう、哀しげで切なそうで迷子になった子犬に酷似した眼差しで成歩堂を見詰めた。
「でもちょっと悩んでいる事があってね。成歩堂くん、もし差し支えなければ相談にのってくれないかい?」
「え・・・」
恥ずかしさで熱くなった顔を手で扇いでいた成歩堂は、唐突な依頼に思わず固まった。
おちゃらけた態度でカモフラージュされているけれど。
直斗が実は酸いも甘いも噛み分けた、思慮深い人だと知っている。人生経験も、知識も、実力も、成歩堂の遙か上をいく。
そんな直斗が答えを出せないでいるのに、果たして成歩堂なんぞが役に立つのかというのが正直な思い。けれど他人に話すだけでも気晴らしになる事もあるから、躊躇いがちに頷いた。
「好きな人がいるんだけどさ・・」
「ッ!?」
検事局のラウンジに移動し、運ばれてきたコーヒーを一口含んだ成歩堂が吹き出さずに済んだのは、単なる偶然。二度目はないと、慌ててソーサーへ戻す。
意外、の一言に尽きた。
何せ直斗は検事局におけるイケメン双璧の片翼を担っており、片割れが女嫌いではないかと噂される位にストイックな事もあって、大層もてるのだ。
高学歴・高身長・高収入と、バブルが弾けても不偏のもてアイテムを有していて。容姿はトップレベル。性格はその気になれば八方美人紛いに人当たりが良く、しかし揺らがない堅固な芯がある。
挙げられる欠点は、せいぜい悪戯好きな所。
そんな直斗が、片思い。
百戦錬磨の直斗から、恋愛相談。
門外漢です!と叫んで逃げ出してよいだろうか。
「な、直斗さんなら悩むより、告白した方が早いんじゃないですか?」
よっぽど好みが特殊でない限り、直斗が口説けば好感触を得られる筈。そう思って無難なアドバイスをしてみたのだが。
「うん、女の人ならそうしたんだけど。相手が、男なんだ」
「ッッ!?」
すっかり話が終わった気でいた成歩堂は、油断して口をつけたコーヒーに噎せた。飲み干した後だったのが、不幸中の幸い。
「あ、やっぱり引く? ごめんねー、気持ち悪い話しちゃって」
ゴホゴホ咳き込む成歩堂の背をさすろうとして、だが直斗は思い直したようにハンカチだけを差し出した。さらっと言われた台詞と同様、成歩堂への気遣いで。
となれば、罪悪感に駆られるのは成歩堂の方。
「いやいや、驚いただけですから! えーと、直斗さんの周りにはいっつも女の人がいたので・・・まさか・・とは思わなくて」