「つまりね。『罪門A・B』『検事・刑事』じゃなくて、ちゃんと個体識別して欲しいって事なんだ。俺も兄ちゃんと一括りにされるのは、すっごくイヤだし」
「……笑って人を刺すヤツには、育てた覚えはないんだが…」
テンガロンハットの縁を摘み、遠い目をする恭介であったが、この場で唯一同情してくれそうな成歩堂は直斗が独占中で。落ちた影に紛れてひっそりと涙した。
ダメージを受けている恭介を気にしつつ聞いた説明によると、要は味気ない敬称呼びを止めて欲しい、その一点に尽きた。敬称を外した際は、必然的に同じ『罪門』になってしまうから、区別化の為にも名前を使用してくれと。
最初からこの説明をしていれば、無駄な労力も時間も使わなくて済んだのにと成歩堂は肩を落としたけれど。三人にとって、騒動はデフォルトに違いない。
「分かりました…」
ぶっちゃけ、成歩堂は名前呼びする重要性を恭介達ほど感じていないが、本人達の熱望ぶりからすると叶えないではすまされないようだ。
「でも、法廷は例外って事と。ペナルティはなしですよ?」
「ちぇっ、やっぱり通用しなかったかぁ」
「バンビーナは、なかなかガードが堅い…」
「焦らしプレイが得意なコネコちゃん、嫌いじゃないぜ」
目的が最初と変わってませんか?と突っ込むのを、賢明にもやめる。藪蛇の予感がガッツリしたから。
そして、期待に満ち溢れた眼差しと、言わないと問答無用でペナルティに持ち込んじゃうよ?という声なき声=オーラでの脅迫に気圧された成歩堂は、多大な羞恥を堪えながら呼んでみた。
「恭介、さん」
「極上のサルーンだな」
「…直斗さん」
「グッとくるね☆」
「ゴドーさん」
「どうして俺だけ変わらないんだ、コネコちゃんっ!?」
悦に入っている罪門兄弟とは対照的に。
ゴフッ、とド派手に珈琲を吹き出し。加えて白煙を立ち上らせたゴドーは、すかさず異議を唱えてきた。
「いや、ゴドーさんはゴドーさんですから。僕がコネコじゃないのと同様に。第一、敬称は元々付けてないでしょう?」
「クッ…まるほどうが、俺にだけ冷たいぜ。愛情の裏返しかい?」
「裏も表も、存在しません」
対応が冷たい件は、否定しない。ニッコリ微笑んでいる成歩堂の黒々とした双眸は、『コネコ呼びを止めたら考えます』と笑みの欠片もなくて。
ゴーグルの奥でちょっぴり引き攣ったゴドーだったが、それくらいで怯むような性格なら成歩堂の苦労は激減する。
「なら、恥ずかしがり屋のコネコちゃんが素直に呼べるように、改名しちゃうぜ? 成歩堂荘龍、とな…!」
バーン!と、激しい動きにもかかわらず一滴も溢れない、満杯の珈琲カップを高々と突き上げて。ゴドーは何故か誇らしげに宣言した。
一瞬、二瞬の沈黙。
成歩堂は呆れて言葉もなかったのだが。罪門兄弟の沈黙は、少々趣が異なっていた。
「兄ちゃん、撃ってヨシ」
「バンビーナを守る為だ。許可はいらねぇ」
殺気だけは瓜二つで、直斗の掛け声に遅れる事なく、恭介がどう見ても警察の支給品では有り得ない大型拳銃をウェスタン衣装の下から取り出した。
「愛の為に生きる。それが俺のルールだぜ!」
「墓標には、愛の為に散ったと刻んでやるさ」
「成歩堂くんは、俺がちゃんと面倒をみるよ〜」
「………お先に、失礼します」
三人の掛け合い漫才は、延々続きそうで。
もう、いい加減付き合いきれなくなった成歩堂は、さっさと立ち去った。
強烈すぎるキャラばっかり…と嘆く成歩堂を余所に。
それ以来、罪門兄弟+ゴドー+成歩堂が集まる度に繰り広げられる(約三名のみが極めて本気な)パフォーマンスは、検事局の名物となったのである。