左に罪門刑事。
真正面に、ゴドー。
右に罪門検事。
個性は違えども、同性の成歩堂でさえ格好良いと思う男ばかりだが。30p弱の至近距離で取り囲まれては、のんびり感慨に耽る余裕はない。
しかも全員揃って、法廷や事件現場でしかお目に掛かった事のない、真剣な顔をしている。
「何かありましたか?罪門刑事」
重大事件でも起こったのか、はたまた覚えはないがうっかり何かやらかしたのかと内心ドキドキしながら、事件絡みなら最も情報の早い恭介へ尋ねる。
「それだ、バンビーナ!」
「はぃぃ?」
途端、大袈裟に脱ぎ去ったテンガロンハットを突き付けられ、その迫力に半歩後退って背後の壁へとぶつかってしまう。逃げ場がない事に今更ながら気付き、『バンビーナって何です!?』という突っ込みは完全にタイミングを逸した。
「ちょっと、兄ちゃん。成歩堂くんが怖がってるだろ? ヘンなもの突き付けんなよ」
成歩堂の身体越しに長い腕が伸ばされ、パーソナルスペースをちょっぴりだが広げてくれる。
「罪門検事…」
感謝の気持ちを込め、『ヘンなもの』を直斗も被っている事は突っ込まないでおいた。
「それなんだよ、成歩堂くん!」
「えぇぇ?」
だが庇ってくれた筈の手ががっしりと肩を捕まえ、恭介に劣らない勢いで詰め寄ってくるものだから、豹変振りに戦く成歩堂。
「クッ…コネコちゃんは優しく扱わないと、引っかかれちゃうぜ?」
一人余裕をかましているゴドーだが、煮え滾るアロマを直斗の腕だけに奢ろうと珈琲カップを傾けていて。アロマ同様、煮詰まっている事が窺える。
「成歩堂くんの爪なら、俺はいくらでも受け止めるよ?」
「爪痕は、テキサスの風のごとく、熱い愛情の証だからな…」
「まるほどうの愛は、全てオレのモンさ」
「えーと。どこから待ったをかけたらいいのか、迷うんですが」
三人が作り出しつつあるカオスに足を踏み入れるのは、非常に気が進まない。しかしそのバミューダトライアングルを越えないと日常には戻れないらしいので、成歩堂は己を奮い立たせた。
「皆さん、僕に用ですか?」
時間省略でズバリと問うと。
「恭介」
「直斗」
「荘龍」
端的過ぎて、意図の汲めない答えが返ってきた。
「はぁ…皆さんの名前は、知ってますけど」
「なら、話は早い。今から名前以外で呼んじゃダメだからな?バンビーナ」
「法廷だけは、今まで通りでも我慢するけどね」
「ペナルティには、ちゅーを奢っちゃうぜ!」
「『ちゅー』って…(汗)」
「荘龍がちゅーなら、俺は熱いベーゼを贈るとするさ!」
「俺は、成歩堂くんにキスしてもらいたいな☆」
「クッ…その手があったか。まるほどうからの接吻とは、捨てがたいなァ」
「いやいやいや、しませんから! 勝手に話を進めないで下さいっ!」
成歩堂は、ちゅーだのベーゼだの、赤面ものの単語が飛び交う会話を無理矢理断ち切った。
放っておいたら、話はどんどん宇宙の彼方へ行ってしまうと察知して。
「そもそも、何故名前で呼ばなければいけないんですか?」
そう、肝腎な部分を三人は全く説明しないのだ。『用事は名前で呼ぶ事』で、『了解しました』などと納得できる訳もない。
「バンビーナは、『罪門刑事』『罪門検事』なんて記号みたいな呼び方で、いつまでサルーンを汚す気なんだ?」
「さ、サルーン…?」
「ああ、荘龍みたいに回りくどい言い方をする兄ちゃんは、気にしないであげて」
何気に酷い言い方をしている直斗は、どうも兄に対する敬意というものを気にしていないようだった。