捕食




「・・士、龍・・さ・・ぁッ・・」
 制止の意味を込めて狼の名を呼び、ベルトもファスナーも外された部分へ潜り込もうとする腕に弱々しく指を立てたのも、昂ぶっている己を知られたくなくて。
 シチュエーションは強姦そのものなのに、狼の愛撫に悦楽を見出しているなんて、情けなさ過ぎる。エンドルフィンとかドーパミンとかが分泌され、脳が誤作動を起こしているとの絡繰りを切に願ってしまう。
 異様な状況下でなければ。
「邪魔すんなら、縛っちまうぜ」
「・・ぅ、ぁ・・っっ!」
 最初の形に張り付けられ。けれど前とは違ってシャツを着ていない上腕の内側、殊更白く柔らかい肉をガブリとやられた時、思わずあげた嗚咽が己の耳を疑う程甘く掠れていた抗弁ができない。
 混乱する成歩堂を置き去りに、くっきりと押された歯形を舐った狼は悠々と下着を掻い潜って目的のものを手中に収めた。
「んぅ、っ・・」
「龍一は、俺のやり方を気にいってくれたみたいだな。―――濡れてる」
「・・ぁ、ぁ・・」
 不本意な昂揚を知られた事。同性の知り合いに、性的な意味で触られた事。とても狼の顔を見る勇気などなく顔を背けた成歩堂を追い、朱く熟れた耳朶を狼が齧る。
「ここ、を嘗めてやろうか・・?」
「ンっ・・!」
 裏筋をつーっとなぞられ、壁と狼の身体に挟まれた狭い空間一杯に成歩堂の背が撓る。
「腰が抜ける程、吸ってやるよ」
「ぅ、あ・・んっ・・」
 縊れを1周爪先で引っ掻き、大きな手の平で雁から先を包み、擬似行為のようにきゅっと2・3度緩急をつけて握る。どっと溢れ出した先走りが指の隙間を縫って床へ滴り、その落下もまた荒い呼吸の合間だった為、やけにはっきりと聞こえた。
「すげぇな、龍一。泣いてるみたいだ。後で歯ァたてて、もっと啼かせてやるぜ。涸れ果てて何もでなくなるまでな」
「ゃ、め・・っ」
 同じエナメル質の爪で鈴口を抉られ、牙のような歯が突き刺さる光景を脳裏に閃かせてしまった成歩堂は、実際の感覚と想起による戦慄とに喉をひくつかせた。
 狼は興をそそられたように耳の軟骨を噛んでいた顔を一端離し、不規則に痙攣する喉へ移動した。やはり喉仏を歯で挟んで感触を確かめ、何ヶ所も吸い付きながら顎に行き着き、顎まで描かれている銀色の跡を逆に遡る。
「む、ぅ・・ん・・ん・・っ」
 蜜を溢れさせる大元まで行き着けば、長く器用な肉片を口腔深くまで侵入させ、また新たな筋が幾つも出来る程に成歩堂を貪った。
 歯がカチ、とぶつかり合い。大きく開いた空洞を舌先が隅々まで擽り、藻掻いてもすぐ固定されて特にビクつく上口蓋や歯列の根元が繰り返し餌食になる。
 ぴちゃ、くちゅ、と跳ねるような水音は内側から聞こえ。クチ、ヌチ、と幾分粘ついた淫音は背筋を猥雑に這い上がって耳に届く。聴覚までが狼の思うがまま侵略され、辛うじてまだ無事なのは、ぎゅっと瞼を閉じた視覚位。
 狼の口へと引っ張り込まれて境目が分からなくなる位に絡められた舌は熱く痺れ、いつしか鋭い歯が刺さるのさえ愉悦を見出し始める。
「・・ぁ、ぁ・・ふ・・ぅっ・・」
 それは粘着質な音を絶え間なく響かせる下腹部も、同様で。快楽のポイントを少し外した動きが続くと、無意識に刺激を求めて成歩堂から腰を押しつけるようになっていた。
「イイ具合になってきたじゃねぇか。じっくり、残らず、喰わせてもらうぜ・・」
 驚きも戸惑いも羞恥も少しずつ押し流され、代わりに熱と未知の感覚で混沌としてきた脳裏に届いた、情欲を露わにした狼の声音。
 成歩堂に、逃れる術も気力もない。
 そもそも、この理不尽な陵辱に本当に抗いたいのかすら判然としなくなってきた。
 『喰われる』―――初めてその予感に見舞われた際。
 それを是とする思いが、成歩堂の内にはあったのかもしれない。昏く激しいものを秘めた眼差しによって絡み取られていたのだろう。
 故に、狼の狼藉を無意識下で赦し、注がれる劣情に呼応してしまう。
 ならば、成歩堂のとる行動は1つ。
「っ!?」
 成歩堂は、飽く事なく成歩堂の唇を貪ろうと近付いてきた狼に先んじて顔を寄せ、うっすら開いていたそれへ噛み付いた。
 一方的ではない。
 喰い、喰われる関係こそ、成歩堂が望むものだと伝えるべく。