「・・・これが、士龍さんの用事ですか?」
「そうだ。リサーチはしたんだが、足りないものがあったら、言ってくれよ?」
「・・・・・」
優秀な捜査官とその部下、との評価を聞いていたが、リサーチ力に疑念を覚えてしまう。
「花火大会ってのは、日本国では恋人になる為の通過儀礼なんだろ?」
「待った! 微妙に(じゃないけど)、情報が錯綜してますっ」
「そうか? ま、『イベント発生』には変わりないんだろうから、楽しもうぜ」
「・・・・・」
微妙に(でもないが)ずれているのに、物事の本質は捉えている辺りも、不思議でならない。いつか突っ込んでみようと思いつつ、成歩堂は靴を脱いでブルーシートへとあがった。
花火大会を鑑賞するのに、ブルーシートと食べ物とアルコールを用意する。これは、OK。だが、シートのど真ん中に設置された二人掛けの本革リクライニングソファ―――ラヴチェアとも言う―――はNGだ。
しかも20畳程の広いブルーシートの周囲三方に、黒ずくめの部下達が微動だにせず立っているなんて、有り得ない。たとえ、成歩堂達に背中を向けていても、だ。
非常に、居心地がよろしくない。
「あの・・・部下の方々は、何をしているんですか?」
突っ込みの鬼としては、スルーできなかった。
「場所取りと、龍一との時間を邪魔されないように、護衛をさせてる」
「はぁ・・・」
こんな強面な陣地確保要員なら、横取りされる心配は万が一もないだろうし。何より黒スーツ・黒サングラスの一群がブルーシートの縁に等間隔で配置されている一種異様な雰囲気は、大勢の人が行き交う花火会場でも人々の奇異な視線を反らすのに、大変役立っている。
ラヴソファへ男二人で腰掛けるというシュールな場面を見て欲しくない成歩堂にとっては、有り難かったが。
「ええと。折角の機会なんだから、皆で楽しみませんか? 食事も、たっぷり用意してくれたみたいですし」
ぽろりと、口を突いていた。
「龍一・・・」
驚きの視線に頬が熱くなってくるのを自覚して俯いても、前言は撤回しない。
「俺の龍一は優しいなぁ」
「っ!?」
何だか感じ入ったような声と共に背骨が軋む程抱き竦められた時は、本気で発言を後悔したが。
一頻り成歩堂を呼吸困難に陥れた狼は、ほんの少しだけ力を緩めると、首を巡らせて号令をかけた。
「応! 龍一の許可が下りた。会場の方へ向きを変えてよし!食事と休憩は別途支給!」
ザッザッザッ!と見事に揃った方向転換の後、これまた一糸乱れぬ斉唱が会場一杯に響き渡った。
「覇っ! 感謝致します!成歩堂龍一弁護士!!」
『何故に、フルネーム敬称付き・・?』
何の気なしの一言で更に恥ずかしい思いをした成歩堂は、とりあえず現実逃避にセルフ突っ込みをしてみた。
打ち上げ場所正面という絶好のロケーションだけに、迫力は抜群で。堪能しつつも、ふと浮かんだ疑問を解消するべく成歩堂は横―――狼の方を見た。
「!?」
途端、狼の眼差しとガッツリぶつかってしまい、ドキリと鼓動が跳ねる。花火を鑑賞していれば、視線があう筈がないのだ。
「・・花火、見ないんですか?」
思わず、後から浮かんだ疑問を優先させる。止めておくべきだったと、一秒後に悔やんだが。
「ああ、綺麗だがな。花火に喜んでいる龍一の顔を見ている方が、ずっと楽しいんだ」
「〜〜〜ッッ」
お国柄の違いか、照れもせず歯の浮く台詞を言ってのけるものだから。狼の分も引き受けて、成歩堂は盛大に照れまくった。とにかく話を逸らそう!と疑問その1を、不自然な早口で尋ねる。
「あ、あの、士龍さんの国でも、花火大会って催されるんですか?」
狼は成歩堂の動揺を見抜いているのだろうが、指摘しないで話題を切り替えてくれた。
「俺の国にはねぇなぁ。―――狼煙のあげ方なら、教育課程に組み込まれてるぜ?」
「・・・・」
ニィッと悪戯っぽい笑みが添えられたので、冗談なのか本当の事なのかは今一判別できなかったが、別に拘らなかった。
―――そんなたわい無い会話も、楽しかったから。
楽しかったから、さり気なく狼の腕が肩に廻されたのに気付いても気付かない振りをしたのである。
だが、頬に狼が唇を寄せてきた時は。
逆に狼の頬を思いきり抓って、遠ざけた。成歩堂も流されっぱなしではなく、最近学習したのだ。
『嫌』という言葉が重要視されるのであって。態度で示す分には、『掟』なるものに引っ掛からない、と。