「ずっと生えたまま―――」
「ええっっ!?」
「何て巫山戯た事を言ったから、1発殴ってやった」
「士龍さん・・」
成歩堂を和ませようとしたのかもしれないけれど、詰めていた息もゆるゆるに漏れる冗談ははっきり言って笑えない。凝視する眼差しに非難の色が混じったのを見て取ったのか、狼は成歩堂の頭をガシガシ撫でた。
「長くて1週間ってトコみたいだぜ」
実際に犬セットを出現させたのだから、魔術師の自称はまるっきりインチキではなくても。獣にする呪いを唱えて、玩具でも代用できそうな変身止まりだった事から判断すると、力は極々低レベル。一生続く筈もない。
『1週間は、そのみっともない姿で過ごすがいい!』と魔術師がドヤ顔で高笑いした為。『みっともない姿にしか変えられない奴が、偉そうにホザくな』と狼はもう1発拳をくれてやった。どこまでいっても、傍迷惑な野郎だった。
強制的に不思議体験をされられたのは腹立たしくあったが、当人はそれ程心配していなかった。狼の考えでは、3日で効果が切れる。魔術師は見栄と嫌がらせと自惚れで、1週間と大法螺を吹いたに違いない。
「てな訳で、思いがけずオフがもらえた。1週間、龍一とイチャイチャできるな」
「あー・・・まぁ、戻るんなら安心ですね。ゆっくり休んで下さい」
事の次第を全て聞き、酷い展開にはならないと分かった成歩堂は『イチャイチャ』の部分をスルーして狼へ笑いかけた。1週間も一緒にいられるのは嬉しくても、そのようなアレを張り切られるのは、とても困るから。
「ええと、士龍さん。もし嫌でなかったら・・触っていいですか?」
狼の双眸に獰猛な光がチラついたのを目撃し、流れを変えるべく慌てて問い掛ける。最初はただただ驚愕し憂慮した変異部分だけれど、いずれ消え去ると知った今は好奇心が疼いてならなかった。どんな手触りなのだろうか。
「・・いいぜ。痛くするなよ?」
狼は器用に片眉を上げて1・2秒考え。ニッと、鋭くなったように見える犬歯を見せて笑った。やや前傾姿勢になった狼へ手を伸ばし、恐る恐る触ってみれば。
「フカフカですね」
犬の耳とは、ちょっと異なる。柔らかいというより、しっかりしている。そう、フワフワではなく、フカフカ。毛も長く硬めで、根本の方に白く短い毛が密集している。
「尻尾は・・・うわ、気持ちいいー」
すっかり夢中になってしまった成歩堂は、許可を取るのをうっかり忘れたまま腕程の太さがある尻尾を両手で撫で下ろした。毛質も中央を走る骨も堅いのに、全体的な印象は『滑らか』で。いつまででも梳いていたい気持ちになる。
「龍一」
「―――はい?」
根本から先端まで丁寧に熱心に、不可思議な触感を堪能していた成歩堂は。狼の呼び掛ける声が内包するモノを察知するのが、一瞬遅れた。
「っ!?」
押し倒されたと認識する前に、移り変わった視界。
成歩堂へどっしりのし掛かった、肢体の熱さ。
「し、士龍さんっっ!」
成歩堂の下顎から唇の端まで舐め上げた肉厚の舌を、緩慢に咥内へ納める仕草は、肉食獣が後は牙を突き刺して味わうだけの獲物を前にした時と酷似していて。
「耳と尾が、こんなに敏感だとはなぁ・・。きっちり面倒見てくれる龍一が側にいてくれて、助かったぜ」
「は、え、ち、ちょっと待ったぁっっ!!」
どうやら獣耳や尻尾をベタベタ触るのは(性的な意味で)タブーだと、理解したものの。最早、手遅れ。狼は、しっかり押さえたまま成歩堂のTシャツを捲り上げ。露わになった無防備な脇腹を、くるりと曲げた尻尾で擦り上げた。
「っ、ひ!」
「存分に触ってやらぁ」
「!!!」
いつまでも撫でていたかった尻尾で、精も根も果てるまであらぬ部位を撫で回され。成歩堂は残りの日々を、魔法が解ける事をひたすら切望しながら過ごした。