そしてあだ名をつけてくれた成歩堂本人も気に入っていて、遠回しという程隠さず、上司を諫める。
『可哀想な事、なさいましたね。多少の遅れですむと伝えて差し上げればよろしいものを』
待ち合わせの刻限を破っても、約束自体を反故にするような状況ではなかった。
メールの内容が「もう少しかかるが、待っててくれ」ならば、成歩堂は無茶な突貫ノンストップ清掃などしなかった筈。
『俺は、龍一に嘘なんざ吐きたくねぇんだ。99%じゃ約束できるか』
スミさんは、成歩堂に関してはどこまでも誠実であろうとする上司を尊敬した。―――数秒間だけ。
『それに、俺の事でしょんぼりする龍一はメチャ胸キュンだしな』
『師父、「胸キュン」は死語かと』
「プレイかよ!? ひでぇな!」という罵りを上記の一言で抑えたスミさんの忍耐力は、部隊の中でも群を抜いている。
成歩堂に惚れ抜いている事に疑問の余地はないものの、狼の愛情表現は時折いじめっ子風になる。狼の事で一喜一憂させたい、というヤツだ。成歩堂が拗ねたり淋しがったり落ち込んだりして、しかもそれを表面に出さないようにする姿がいじらしくて堪らないらしい。
『回りくどいやり方は、控えたらいかがでしょう』
性癖(?)も度を超すと、不和の原因になってしまう。成歩堂と付き合ってからの狼を好ましく思っているスミさんは、あくまで「ガキみたいな事はするな」との叱責を込めた進言をした。
けれど、狼は全く別の受け取り方をした。
『あん? そうか・・これ以上は流石にマズいと思って、抑えてたんだが・・』
『師父!? ナニを出そうとしていらっしゃるんですか!』
『お誂え向きの体勢だから、ちょっと喰っちまおうかと。いいよな?』
『前にも寝込みを襲って、一ヶ月接禁(接触禁止命令)出されましたでしょ!?』
『あ゛あ゛!? 何ヶ月振りだと思ってるんだぁ? 柔らけぇし、イイ匂いさせてやがるし、無意識に擦り寄ってきてるし、これで我慢しろってか!』
『師父、落ち着いて! 逆ギレしないで下さいっ。あ、脱がしちゃダメです!!』
どうにも我慢ならず獣性が全面に出てしまった狼に、普段なら上辺だけでも恭順の姿勢を崩さないスミさんも慌てて押し止めようと実力行使にでる。
『ちっ、邪魔すんな』
成歩堂のスラックスに伸びていた手を押さえると、牙を剥いて成歩堂を抱えていた反対の腕を放す。当然、成歩堂は安定を失う訳で。傾いた身体を素早く支え、スミさんが吠えた。
『邪魔しますよ! また入国拒否されたいんですか!?』
前回、寝ている成歩堂へ悪戯した時は。隣室に狼の部下が居たり、翌日、御剣達に悪戯された事を知られたりと羞恥がリミットを越え。1ヶ月メールも電話も出なかっただけでなく、(これは成歩堂の意志ではないが)御剣達が権力に物を言わせて狼の入国を差し止めたのだ。
その1ヶ月間は、忠臣の鏡のような部下達が悪夢と位置付けた程、狼は荒れに荒れた。仕事も際疾い危険なやり方ばかりをして、神経性胃炎を患った者が続出。同じレベルの痴話喧嘩を阻止するべく、作戦会議も開かれた。
『先っぽだけにすっから』
『こんの、ケダモノ! 去勢すっぞ!?』
部下達の苦労を余所に、成歩堂の身体をスミさんが抱えた結果、空いた片手を狼がスラックスの中へずっぽり差し入れ、スミさんは数年振りにタメ口を出してしまう。相手には不自由しない狼が、こんなにのめり込み餓えているのは初めてで応援したいのは山々でも。
今この時は、成歩堂の味方についた。成歩堂に同情するのもあるけれど、自分達の健康の為とひいては狼の幸せの為に。
『ん? 俺の服を握りやがって、可愛すぎてヤベぇな。どれ、もっといいモノを握らせてやるか』
『どこの変質者だ』
―――上司として。仕事熱心だし情に厚いし、決して悪くない狼だが。スミさんは、時々逆バイアグラを飲ませてしまいたい衝動に駆られる。
耳元で大声がする上、ガタガタ揺さぶられては熟睡していた成歩堂も目が覚めてしまった。
「士龍さん・・? スミさん?」
「「あ」」
寝ぼけ眼が映した光景は。
何故か車の中で。居ない筈の狼(とスミさん)がいて。狼の膝に乗った状態で二人の間に挟まれていて。
どういう訳か。
狼と成歩堂のジッパーが全開だ。成歩堂のシャツは裾が引き出されている。
「〜〜〜〜っ」
聞きたい事も。弁解してほしい事も。説教したい事も多々あったが。
成歩堂はプルプル震える指を突き付け。
「異議あり!」
真っ赤な顔で、叫んだのだった。