掃除嫌いと一括りにしても、その原因は様々。
ちょっぴり怠け者の性格故に、『後で』を繰り返し。限界を迎えて一念発起したものの、サボった回数分をまとめてやるのだから、当然楽な筈はなく。
何とかやり遂げても心身共に疲れきり、『掃除って苦手だなぁ』と微妙に責任転嫁してしまうタイプ。
その典型が、成歩堂だった。
「ねむい・・」
ピカピカになった床へ倒れ込み、成歩堂はうすらぼんやりとした声で呟いた。
現在、時刻は朝の9時。台詞だけをピックアップしたら一度目が覚めたけれど、蓄積した疲れに眠気を催した、とも取れる。
だが、成歩堂の疲労は完全プライベートによるもの―――夜通し、徹底的に部屋の整頓と清掃を行った所為。大して広い部屋ではないが、片っ端から手を付け、掃除機をかけても近所迷惑とならない時間になったら、締めに床を綺麗に仕上げた。
掃除はこういう風に根を詰めてやるものではないとは分かっていても、つい没頭してしまった。今回に限っては、掃除下手とは原因が異なる。
何か、別の事を考えていたかったのだ。もしくは、何も考えたくなかったのだ。
今日は、木曜。平日だが、休みである。正しくは、木曜と金曜を臨時休業にして、4連休を作り出した。ようやくコンスタントに依頼が来るようになった成歩堂が、2日といえど休みを捻出するのは簡単ではない。
スケジュールを遣り繰りし、崖っぷちどころか半身程乗り出している状態まで仕事を頑張り、休んでも支障が出ない環境を作り上げた。
それもこれも、狼との旅行の為。
会う事自体制限されている二人は未だ連れ立って遠方へ出掛けた事がなく、数ヶ月かけて日程を調整して旅行を企画した。行程の一つ一つに大騒ぎしても、皆楽しくて。準備だけでこんなに笑えるのなら、と旅行への期待はいや増したのだが。
―――出発1週間前、急な仕事が入ったとメールを貰った時から、何となく予感はしていた。もしかしたら、お流れになるかもしれないと。
そして出発前夜の木曜に、『もう少しかかる』との謝罪メールを受信し。急遽何の予定もなくなってしまった成歩堂は、ムキになって掃除をし始めたという顛末。
狼の仕事がそういうものだと理解しているし、成歩堂とて同じ立場に置かれたら仕事を優先するから、狼を責める気はない。旅行だって、また企画すればいいとすっぱり諦められる。
ただ。会えると思って高まっていた心だけは、宥めるのはどうしても不可能。旅行の休みを確保するのに狼は輪を掛けて精力的に悪人を追い掛け、何ヶ月も来日していない。不貞寝しようにも目は冴え、自棄酒する気分でもなかったので・・・憂さ晴らしに掃除が選択された。
「怪我、してないかな・・」
疲れ果てて朦朧とした頭で考えるのは、結局狼の事。無事で在れば、またいつか会える。
「無事だといいな・・・」
床の上だとか。着替えていないとか。全てを捨て置いて。それだけを願い、成歩堂は深い眠りに落ちていった。
ふわり、浮いて。
ふわふわ、漂う。
煎餅布団の何倍も心地よいものに包まれ。
安心感しか齎さないリズムが、魂を慰撫する。
「・・ん・・・」
あまりに夢見が良くて、成歩堂は寝ながらにして顔を綻ばせ、もっと浸ろうと安眠発生装置に密着した。ついでに逃がさないよう、しっかり腕を回す。
捕獲し、ベストポジションを探してもぞもぞ動いて落ち着いたら―――後は、再び寝るだけ。
『外界』の事など、一切気にしないで。
『お、また笑った。何の夢、見てんだろうな。起こして聞くか』
『・・・お疲れの様子ですから、そのままにされた方が』
『あの片付きようからすると、徹夜に違いねぇ。可愛い事、するぜ』
振動が殆ど感じられないリムジンの中、声を潜めて話すのは成歩堂を膝の上に抱いた狼と、黒子―――基、部下。余談だが、画一的な服装をしている上に対外的には没個性を貫き名乗らない彼らに成歩堂はあだ名をつけ、今車にいる彼は『スミさん』と呼ばれている。
由来は、某ロングコートを着てサングラスをかけて海老反りになる映画へ出てきた、やはり没個性なエージェント御用達のものとそっくりなサングラスを愛用していたから、と至って単純。それでも本人が気に入っているようなので、未だに変更はない。