貴方について考える




「やれやれ、何とか間に合ったか」
 くるりとフリンジを靡かせて振り返った恭介が、一つ溜息をつく。妙に本気モードになりかけていた二人は、いつにも増して厄介で。おそらく後もう少し遅かったら、恭介の愛銃を抜いたとしても止められなかったかもしれない。
「あ、ありがとうございます・・」
 慌てて、成歩堂は深く頭を下げた。どうやって成歩堂のピンチを知ってこの場所を突き止めたのかは謎だが、直斗とゴドーを追い払ってくれたのだから、それだけで充分。
 心から礼を述べた後―――力尽きてドサリと椅子へ座り込む。情けないが、膝が笑っていた。直斗とゴドーに悪戯されると脱力するのはお約束でも、やけに鋭い目付きを思い出す度、身体の芯に震えが走る。
 ・・・今日は、あの眼差しの意味は考えないでおこう。
 成歩堂の嘆息は、長く、重かった。
「バンビーナは、美味そうだからなぁ。あんまり、隙を見せるんじゃねぇぜ」
 くい、と顎を指で持ち上げ、手早くネクタイを締めてやる恭介は苦笑を浮かべていた。
「いやいや、僕は食べ物じゃありませんし、隙なんて・・」
 以前、味見と称してゴドーにベロリと頬を舐められた記憶にも、無理矢理蓋をする。微妙に反らされた視線から、成歩堂のハッタリを見抜いたのだろう。
「テキサスの荒野では、一瞬の油断が命取りさ!」
 恭介がクッと真横に唇を引く。斜に構えたワイルドな表情は、恭介によく似合っていた。
「バンビーナの場合、奪われるのはヴァージンだけどな」
「なっ・・!」
 恭介さんも格好いいよな、と思わず見とれていた成歩堂は、サラリと付け加えられた単語に血の気が戻り始めていた顔を、一気に紅潮させた。
 恋愛ベタではあったがノーマルな嗜好の成歩堂は、二人の冗談とも本気ともつかぬアプローチに戸惑うばかり。健全な男だから下ネタはOKでも、今のように己が対象にされれば話は別。自分でもどうかと思いつつ、どうしても初な反応を示してしまい、更にからかいのネタになる悪循環。
「アイツらは口説きと手出しが同時進行だから、バンビーナにはキツいかもしれねぇな。ま、悪気はないって事だけは分かってやってくれ」
 ポンポン、と真っ赤になった成歩堂を落ち着かせるように頭を撫でる。その、成歩堂を宥めつつもゴドーと直斗をフォローする恭介は、どこまでも『兄貴』だった。
 恭介以上に破天荒でマイペースな悪友と弟の間で、振り回され、からかわれ、割を食う事もしばしばだが、いつも『しょうがねぇなぁ』と肩を竦めて受け流してしまう。
 直斗達も、恭介がいるからという暗黙の了解があるからこそ、思うがままに振る舞えるのかもしれない。
 普段の不憫さを知っているだけに見過ごされがちでも、三人の中で一番大人なのは―――。
「お兄さんですね・・」
 一人っ子で今までは同年代との付き合いが多かった成歩堂は、兄という存在がこんなにも『大きな』ものだと初めて知った。荒事に引き摺り込まれた体で、その実危険を察知したら助けられるよう自ら渦中に身を置く。
 それは、とても尽瘁的だ。
 もしも。
 兄弟で同じ人を好きになったら、恭介は直斗の幸せを願って諦めるのだろうか。
 想いを封じて、後押しして、二人の恋を祝福してしまうのだろうか。
「なぁ、バンビーナ」
 ぼんやり埒もない事を考えていた成歩堂に、何を感じたのか、恭介が少し低い声で話しかけた。
「カウボーイの投げ縄に必要なモノを、知ってるか?」
「はい?」
 唐突な話題に成歩堂は即答できなかったが、気にする事なく続ける。
「狙った獲物をじっくり観察して癖を掴み、ここぞというタイミングを計る」
 冷たいとさえ言える口調で淡々と告げる様子は。
 ゴドー達にイジられる三枚目風でも。
 一歩引いた所で見守る、包容力のある兄貴でも。
 暴走しがちな荒くれ刑事とも、違う。
 初めて対峙する、雰囲気だった。
「後は無情に、獲物が絡みつく縄を知覚する前に捕獲する。―――テキサスのカウボーイは、百発百中だぜ?」
 テンガロンハットの縁に指をかけ、ニッと笑った恭介は。
 狩人の目を、していた。
 その鋭く酷薄な眼差しを見て。
 成歩堂は瞬間的に、先程の予想が外れている事を悟ったのである。