名誉の負傷と言えば、聞こえはよいが。
真実は、少々異なる。
事件の始まりは、月曜の午後。恒例のビリジアン&崖っぷちになり、担当検事の御剣から容赦ない指摘と嘲笑を浴びせかけられながらも、最後の最後でどうにかこうにか無罪を勝ち取った。
ここまでは、ヨシ。
公判の最中で明らかになった真犯人が、罪を暴かれた事に逆上し。凶器でもあった杖を振り翳して依頼人を襲おうとした為、成歩堂は咄嗟に机の上にあった六法全書を取り上げ、依頼人の前へ立ち塞がった。
敏捷では決してなかったが、依頼人を守ろうとした熱意が実ったのか、振り下ろされた杖は見事六法全書が食い止めて依頼人は無事。
ここまでも、ヨシ。
数秒遅れて駆けつけた警備官達が真犯人を取り押さえ、ほっと身体の力を抜いた―――辺りから、ヨロシクなくなる。
「あーびっくりした・・」
流れる汗を拭おうと、片手をうっかり全書から離し。
「うわっ」
脱力しきったインドア弁護士の握力では重さに耐えきれず、蹌踉めき。
ガンッ!
「ぇえっ?!」
ちょうど机の角へぶつかったものだから、完全にバランスを崩し。
ドタッ!ドサッ!
「痛っ!!」
すってんころり、倒れ。宙に放り出された、それこそ凶器並の重さがある六法全書が、成歩堂の右足首へと着地。
まるでコントでも見ているかのような展開に、法廷は一瞬静まり返り。
「本当にチミは、色々やらかしてくれるのう・・・」
サイバンチョのしみじみとした声が、響き渡ったのである。
【1日目】
全治5日。捻挫ではあるが、歩く時負荷がかかる筋を痛めた結果、松葉杖生活を余儀なくされた成歩堂は。
「無闇矢鱈と動くな。じっとしていたまえ」
「ただ胡椒を取ろうとしただけなんだけど・・はいはい、すみません。取ってもらえますかね?」
御剣の家で、御剣に世話を焼かれていた。今日はとにかく安静にしているようにと医者からお達しがあり。当人を差し置いて御剣と医者が細かく話し合った結果、事務所と成歩堂のアパートへ寄った後、強制連行と相成った。
余談だが。
立ち上がれない位の怪我だと分かった途端、御剣は成歩堂をお姫様抱っこで運び、スーツと同色の真っ赤なスポーツカーで緊急病院に乗り付けた。男として不名誉な運搬をされていた間はスーツと車にも匹敵する赤に染まっていた顔が。到着した時にすっかり青ざめていたのは、痛みからではなく凄まじいスピードと運転の所為である。
「偏った食事ばかりしているから、筋肉も弱くなるのだ。後で、プログラムを組んでやろう」
「いやいや、僕の事は気にしないで仕事してくれよ」
頬を引き攣らせつつ、成歩堂は返した。忙しいだろうに、付きっきりで面倒を見てくれる事はありがたいし勿論感謝もしている。
が、如何せん。篤い友情にただ感激するには、御剣は細かすぎた。心配性のオカンと神経質な監督官と四角四面な介護人が全て混ざりあったケアは、肉体的には効果的かもしれないが、精神的にはマイナス面が多い。
足の動かし方から始まって、護身術とまでは言わないが日頃のトレーニングの必要性、ひいては日常生活の改善、最後には御剣の元で鍛錬すべきとの結論に至り。
疲れの溜まっていた成歩堂は、惰性で相槌を打ちながらもやがて寝落ちしてしまい。夜中ふと目覚め、己が客間のベッドではなく御剣のベッドにいるだけでなく隣に御剣が寝ているのを発見し、心底仰天したのである。