狼ナル

たまには、猫パンチ:1




 クリスマスから正月にかけて共に過ごした時間は、密度が濃く。楽しかった分、後の寂寥はかなり大きかった。珍しく年明け早々から仕事が幾つも舞い込んできたのは、懐具合より精神衛生上、非常に助かったのが本音。
 狼は成歩堂にも増して無理矢理あの休暇をもぎ取ったらしく、メールや電話も途切れがちで。
 それでもバレンタインには、チョコを始めとした成歩堂好みの菓子が大量に送られてきたし。成歩堂がEMSで送ったチョコも、どこを経由してどこに到着したのかは分からないものの、ちゃんと狼に届いたようだ。
 『チョコ、くれるよなぁ・・?』と、獲物に飛びかかる寸前の肉食獣を彷彿とさせる双眸で、脅迫よりの懇願をされ。
 『師父が暴走したら大変ですから、是非是非是非!』と雁首並べた部下達に決死の眼差しで直訴され。
 もの凄い羞恥を乗り越え、女性達の視線にダラダラ汗を流しつつ、疲労困憊して購入したチョコ。 とりあえずここへと知らされた住所から、極秘任務についている狼の元へ転送されると聞かされていても、無事狼の手に渡ったと知った時にはまず安堵が湧き。しばらくして、やっぱり猛烈な恥ずかしさに襲われて一人身悶えた。
 そんな顛末だったバレンタインの、数日後。
 ピンポーン
 夜、アパートでぼんやりコンビニ弁当を食べていた所、チャイムが鳴った。
 宅急便の配達もとうに終了している時刻。来訪者の予定もなければ、こんな夜遅くに訪問する人物は十中八九厄介事を同伴する。嫌な予感がヒシヒシとして『無視』の二文字が脳裏を掠めたが。
 ピンポーン
 再度チャイムが響き、諦める。
「はーい、どちら様・・・スミさん!?」
 よっこいしょ、とオヤジ臭い掛け声で立ち上がって玄関へ向かった成歩堂は、ドアスコープの向こうに見えた人物に慌ててドアを開けた。
「夜分遅く突然申し訳ございません、成歩堂龍一弁護士。そして、お邪魔いたします」
「へぁ? え? ちょっ!?」
 もしや、『また』狼が急遽来日したのかと思ったのだが。廊下に立っていたのはスミ以下、狼の部下が3人。何事かと戸惑う成歩堂へ丁寧な謝罪と挨拶をした彼らは、しかし何の説明もないまま次々と上がり込み。持参していた機械やらコードやら諸々をサクサクと設置し出したのである。
「成歩堂龍一弁護士、準備が整いました。ごゆっくり、お楽しみ下さい」
「え? だから、何ですかこ―――」
『よぉ、龍一』
「ぇぇえっ、士龍さん!?」
 成歩堂にとってはまるで魔法にしか思えない、パソコンとその周辺機器の組立を呆然と見詰めながらもツッコもうとして。突然、音声付きでモニターへ映し出された姿にドングリ眼を一層見開く。
 少し違和感はあるものの、軽く手を上げニッと犬歯を見せて笑うのは狼に間違いない。しかも、リアルタイムの映像らしい。テレビ電話でさえ最近やっと操作手順を覚えた成歩堂なのに、一足飛びのWeb中継ではパニックに陥るばかり。
『キョロキョロしているのも可愛いが、あんまり動くと映らなくなるだろ。画面中央の上を見な。―――そうだ。それでじっくり眺められるぜ』
「いやいや、眺めても面白くありませんから。じゃなくて、一体どういう事です?」
 当たり前のように指示を出し。成歩堂が上手く画面に映ったのか、満足げに頷いた狼。狼のペースに引き摺られかけていた成歩堂は反射的にツッコみ。それから少し冷静さを取り戻して、一番初めに尋ねるべき事を遅れ馳せながら聞いてみた。
『ああ、今日は2月22日だからな』
「はぁ、そうですけど・・」
 狼はサックリ答えてくれたけれど、成歩堂にはサッパリ日付とWeb中継の関連性が思い付かない。
『側に袋、あるだろ?』
「これですか?」
 逆に狼から尋ねられ、そういえば黒服の一人がそっと大きな紙袋を置いていった記憶が蘇る。取り上げてカメラの前へ突き出した所、狼が中身を取り出すよう言ってきたので、従ったら―――。
「・・・・・は?!」
 一つ目が袋から出た途端、成歩堂の動きが止まった。
 白い、眩しい位に白い、猫の耳。ふんわりと膨らんでいて、いかにも柔らかそうだ。
 ではなくて。
「何ですか、これ!!!」
 一瞬で、ビリジアン。鈍感な成歩堂とて、経験学習はする。狼→コスプレ小道具→碌な目に遭わない。この流れが、嫌という程身に染みているのだ。