『一セット入ってるから、装着して鳴いてくれるよなぁ?』
「却下ぁっっ!」
成歩堂の予想は、最悪な形で当たってしまった。今回はコスプレだけで済むのが不幸中の幸いなのか、なんてネガティブ(いや、ポジティブ?)になりながら、とりあえず抗議してみる。当然の反論も、精悍な面差しにニヤニヤと何とも愉悦で満ち満ちた笑みを浮かべた狼は物ともしない。
『アマイな! まだアイツらを待機させてるから、強制執行も可能だぜ』
「うぐっ」
狼に超忠実なスミさん以下なら、例え命令内容が成人男性に猫のコスプレをさせるというかなりイタい事でも実行する筈。
絶対絶命、だ。
しかし、崖っぷちに追い詰められてから起死回生するのが成歩堂の得意技。今の所、性的な事に関しての勝率は甚だ低いものの、いつだって諦めたりはしない。だらだらと汗を流す一方で、このピンチを脱する術がないかと必死で思考を巡らせる。
「!」
そして、一つの閃き。
「異議あ・・・ごほん、異議を申し立てます!」
ビシッと格好よく指を突き付けるつもりで腕を振り上げ―――実際にやるとパソコンを通り越してしまう事に気付き、恥ずかしげに下ろす。誤魔化しの咳払いを一つ。それから、せめてもと厳かな口調で言い放った。
『へぇ? 言ってみな』
余裕の表情は、『また無駄な抵抗をしやがって』などと見縊っているのだろう。今日こそは一矢報いてやる、と妙な気合いを入れつつ、成歩堂は反撃の狼煙を上げる。
「士龍さん。他の人に、僕を触らせていいんですか?」
『!』
長方形に囲われた空間の中で、はっと狼が息を呑んだ。
その台詞だけ抜粋したら、自惚れ極まりなく。それ故、成歩堂の性格からしてこんな時でもない限り、公言したりはしないけれど。
奥の手としてツッコミめる位には、狼からの愛情(正確には独占欲)を実感し、信じていた。
普段は、離れている事を理由に己を納得させているらしいが。二人でいる時は、意識が狼以外に逸れるのさえ許さないのだ。映像とはいえ、命令に従っているだけとはいえ、成歩堂の身体に『他人』がベタベタと触れるのを目の当たりにして悋気が生じない訳があろうか?
きっと、ない。
・・多分。
・・・おそらく。
―――希望的観測により。
言い切ってみたけれど、秒毎に自信がなくなってきた成歩堂は恐る恐る狼を窺った。
『はぁ・・・』
ガリガリと短く突っ立った髪を掻いた狼は、深い溜め息を零し。
『龍一の言う通りさ。アイツらであっても、許せねぇ。・・・今日は、龍一の顔が見られただけでヨシとするか』
竦めた肩で、敗けを認めた。
『やったぁぁっ、初勝利!!!』と内心でガッツポーズをし。その後は、ご機嫌で狼との会話を楽しんだ成歩堂であったが。
成歩堂の反撃など、所詮は猫パンチ。
数週間後、突如予告なしで来日した狼の手で猫コスプレを強要され。鳴き真似に加えて、声が掠れるまで散々啼かされた。